表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラインスナイプ! 世界を驚かせた高校生テニス少女の物語  作者: ヨーヨー
第一章 公園から始まる少女の日常
1/48

第1話 小さな炎、まだ誰も知らない朝

まだ夜が明けきらない静かな町。

そこに、一人の少女が古びたラケットを抱えて歩いていく。

家計の事情で部活にも入れない、最新の道具も持てない――でも、彼女の胸には誰よりも強く燃える夢があった。


この物語は、貧しくても諦めない天才少女・紗菜が、数々の困難を乗り越え、やがて世界の頂点を目指して駆け抜ける物語のはじまり。

最初の舞台は、小さな町の錆びついた壁打ちコートから始まる。

東の空がかすかに白み始めたころ、町はまだ夢の中にいた。

アスファルトは昨夜の冷気をそのまま抱き込み、道端の草には夜露がきらりと光っている。

その静けさを破るように、スニーカーの軽い足音がコツコツと響いた。


歩いていたのは一人の少女――紗菜さな

背は同年代の子より少し低め。けれど背筋はぴんと伸び、目にははっきりとした輝きが宿っている。

手には擦り切れたテニスラケット。グリップはボロ布を巻いた跡がまだらに残り、ところどころ色が変わっていた。


「……さむっ」


吐いた息が白く広がり、彼女は肩をすくめる。

けれど歩みは止まらない。

制服のかわりに着ているのは古びたジャージ。兄のおさがりで、袖口は少し長く、手首が隠れてしまう。

それでも紗菜は気にしていなかった。むしろ「自分にはこれで十分」と思っていた。


彼女の足は学校とは逆の方向へ向かっていた。

人気のない通りを抜け、住宅街を外れた先。

そこにあるのは、誰も見向きもしなくなった小さな公園だ。


フェンスは錆びつき、ブランコの鎖はきいきいと不気味な音を立てて風に揺れる。

中央にあるコンクリートの壁は、落書きとひび割れだらけで、まるで置き去りにされた廃墟の一部のようだった。

けれど紗菜にとっては――そここそが、唯一の「テニスコート」だった。


彼女は慣れた手つきでフェンスの隙間をくぐる。

小さな公園の空気は少し冷たく、湿った土の匂いが鼻に届いた。

紗菜は深呼吸をひとつしてから、ラケットのグリップをきゅっと握り直した。


ポケットから取り出した黄ばんだテニスボール。

その毛羽立ち具合が、何度も何度も打ち込まれた歴史を物語っている。

ボールを胸の前で持ち上げ、紗菜は小さく目を閉じた。


「……今日も、がんばる」


声に出した途端、胸の奥でふわっと熱が広がる。

誰に聞かせるでもない、ほんの小さな誓い。

それは彼女を動かす燃料だった。


ラケットを構え、ボールを高くトスする。

振り抜いた瞬間――カンッ!


乾いた音が静かな公園に響き渡る。

壁に当たったボールがすぐに戻ってくる。

紗菜は一歩も引かず、その反射を正確にとらえ、もう一度ラケットを振った。


カン、カン、カンッ――。

リズムを刻む音が、次第に音楽のように連なっていく。

ラケットを振るたび、髪がふわりと揺れ、汗が額をつたって頬に光る。


まだ身体は小さく、力だって大人に比べれば弱い。

それでも一球一球に込める気迫は、大人顔負けだった。

その姿をもし誰かが見ていたなら、ただの高校生の練習とは思えなかっただろう。


「もっと……もっと速く!」


紗菜は息を切らしながらも、自分に言い聞かせるように声を上げた。

全身をラケットに込めて、壁に打ち込む。

ボールが跳ね返り、また打ち返す。

同じことの繰り返し。でも、彼女にとっては毎回が挑戦だった。


家は決して裕福じゃない。

テニスクラブに通うお金なんてないし、遠征だって夢のまた夢。部活も道具を揃えきれず諦めた。

けれど、そんなことを考えるより先に――ラケットを握れば、ただ「勝ちたい」という気持ちだけが心に浮かんでいた。


夜明けの光が公園を照らし始める。

紗菜の影が長く伸び、その姿をまるで未来の自分が見守っているかのように映し出した。


汗を拭う暇もなく、彼女はまたボールを打ち込んだ。

カン、カン、カン……。


胸の奥で、確かに小さな炎が燃えていた。

その炎が消えることは、決してなかった。



乾いた打球音が途切れ、紗菜のラケットから最後の一球がこぼれ落ちた。

ボールはゆるやかに弧を描いて、フェンスの隅に転がる。

紗菜は肩で息をしながら歩み寄り、ボールを拾い上げた。


掌に乗せたそれは、もう新品とはほど遠い。

毛羽立ちは固くなり、色もすっかり薄れ、表面はところどころ黒ずんでいた。

まるで「もうそろそろ休ませて」と訴えているみたいだ。

けれど紗菜は、にこっと笑って指でそっと撫でる。


「うん、大丈夫。まだまだ現役だよ」


誰も聞いていないのに、つい声をかけてしまう。

こうしてラケットやボールに語りかけるのは、彼女の小さな癖だった。

新品を次々と買い替えるような余裕はない。だからこそ道具ひとつひとつに愛情を注ぎ、まるで仲間のように扱っていた。


ベンチに腰をおろし、ラケットを立てかけてポケットをごそごそと探る。

小さな財布を取り出すと、そこからじゃらっと硬貨の音がした。

数えてみると、五十円玉と十円玉が合わせて数枚。


「……あれ? これだけ?」


紗菜は首をかしげた。

お手伝いでもらった小遣いの残りでは――お店でアイス一本買うには、ちょっと足りなかった。

思わずため息が漏れる。


「いいなぁ……もうちょっとお金あったらなぁ」


口に出した途端、寂しさと同時に少し照れくさくなる。

でも、次の瞬間には自分で自分を叱るように背筋を伸ばした。


「……ううん、いいんだ。そんなのよりテニス!」


きゅっと唇を結んで財布をしまいこむ。

ほんの数百円のこと。でもその小さな願いを押し込めてまで、紗菜の心はコートに立つことを選んでいた。


額から汗がぽたりと落ちて、ジャージの胸元に小さな染みを作る。

両腕はしびれるほど疲れている。膝も少し笑っていた。

けれど、ラケットを握るとまた力が湧いてくる。


「まだ、いける」


自分にそう言い聞かせると、再びボールをトスする。

太陽はじわじわと昇り始め、雲の間から光が射し込んできた。

その光を浴びながら振り抜いた一撃は、壁に当たって澄んだ音を響かせた。


――カンッ!


まだ眠っている町全体に、ひとつの合図のように響く。

それは紗菜にとって、未来へと繋がる鐘の音だった。


遠くで、犬の散歩をする人影や、登校する子どもたちの声が聞こえ始めた。

周りの誰も知らない。今ここで、小さな少女が必死に夢を追いかけていることを。

だけど紗菜は、それでよかった。


「私は……絶対に負けない」


言葉にした瞬間、胸の奥で熱が燃え上がる。

その炎は、どんなに冷たい風にも、どんなにお金がなくても、決して消えたりはしなかった。


彼女はボールをもう一度打ち込む。

ラケットが奏でるリズムが、また始まる。

壁に向かうその小さな背中は、確かに未来へ続いていた。

読んでくださってありがとうございます。

ボロボロのボールも、古いラケットも、彼女にとっては大切な相棒。

お金がなくても、環境が整っていなくても――夢だけは奪えない。


小さな炎のような彼女の気持ちは、これから先、どんな風に燃え広がっていくのでしょうか。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

楽しめていただけましたか?

面白ければ下の評価☆5個お願いします!!

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

ラインスナイプのまとめサイトはこちら!

https://lit.link/yoyo_hpcom

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
序盤からクオリティが高くて続きが気になります! テニス、好きなんですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ