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8/15

8話(ちょっとシリアスもあります)

前回からしばらく経った頃。


「リンカ様、手紙をお預かりしてます」


リンカのもとに一通の手紙が届いた。

離れの前の掃き掃除をしていたエリザの元に、文官と思しき男性が手紙を差し出した。

しかもその差出人を聞いて驚いた。


「王太子…アーノルド様からです」

「……王太子から、なの」


手紙を受け取ると、リンカは裏を見る。

確かにそこには王家の封蝋がされていた。

ちなみにリンカには封蝋するための印璽は持たされていない。


「何でしょうね?」

「わからない、わ…」


アーノルド。

この国の王太子であり、リンカの異母兄だ。

歳は25で、すでに妃を他国から迎えている。

金髪碧眼の美丈夫ということだが、リンカは一度も会ったことが無い。

物心ついた時から離れに住まわされていたリンカから会う機会は無かったし、アーノルド側もリンカと会おうということはしなかった。

一度も面識がない異母兄妹。

なので、リンカにとってアーノルドは兄だという認識がほぼ無い。


手紙を不思議そうに見つめるリンカを前に、エリザは思案にふける。


(なんなの?王太子については、とくに悪い噂は聞かないわね。見たことはあるけれど、まぁ何か悪だくみしてそうな顔でもなかったし。今更何の用なんでしょ?)


かつてエリザは、彼の侍女として仕えるように仕向けられていた。王と王太子によって拒否されたので叶わなかったが、別にエリザの望みではないのでどうでもいい。


リンカはエリザからペーパーナイフを受け取り、封を切る。

便箋を取り出し、中を読んだリンカは首を傾げた。


「どういうことかしら」

「どうなさいました?」


首をかしげるリンカ。

仮にも王太子からの手紙なので、王族だけの機密も含まれるかもしれない。

一応覗かないでいたエリザだが、リンカの様子に好奇心がそそられる。


「指定の日時に王太子の執務室に来てほしいようだわ。…あなたも一緒に」

「私も、ですか?」


リンカから手紙を差し出される。読んでもいいらしい。

エリザは手紙を受け取ると、文面に目を走らせる。

そこには確かに、リンカとエリザの両名に執務室に来るようにとなっていた。

ただ、その要件については一切触れられていない。


「うーん、どういうことなんでしょうね?」

「どいうことなのかしらね…」


(本気で分からないわ…。手紙なんて初めてだし。しかも、どうしてエリザまで?私だけじゃないって…)


王太子の意図がさっぱりわからないことに、リンカの不安は募っていく。

そんな不安げな主に、エリザはにっこり笑った。


「大丈夫ですよ、リンカ様」

「でも……」


そう言っても、リンカの不安はすぐには拭えない。

しかし、エリザには大丈夫だと言い切る根拠があった。


「もし、王族だけの機密でしたら私を呼ぶはずがありません。ということは、私も呼ぶ時点で大して深刻な話ではありませんよ。それに、もし何らかの問題だとすれば、わざわざ王太子の執務室に呼び出すことでもありません。つまり、少なくともこちらに非がある呼び出しではありませんよ」

「そう……ね。確かにそうだわ」


エリザの言葉に、リンカは一応安心したようだ。


(そうね。エリザの言う通り、エリザまで呼び出すのだから、大したことではないはずだわ)


「うん、そうね。安心したわ。ありがとうエリザ」

「いえいえ。この程度、大したことありません」

「そんなことないわ。本当にありがとう」


そう言うと、リンカはエリザの背に腕を回し、抱きしめた。


「リ、リンカ様?!」

「本当に…あなたがいて良かった」


思いのほか強い力で抱きしめられるエリザ。

リンカより小柄なエリザは、抱きしめられるとちょうどリンカの胸に顔をうずめることになってしまう。


(ああぁぁぁああ、リリリリンカ様のお胸に!や、なんかすごくいい匂いがして…それにすごく柔らかくて……ああ、ここが極楽なのね♡)


相変わらず、される側になると弱いエリザだった。


****


そして王太子の執務室に行く当日。

今日ばかりは、エリザは丁寧にリンカを磨き上げていた。

今は最後の仕上げとばかりに髪を丁寧に梳いていく。

ドレスは無いので、一番上質な白のワンピースにエリカは身を包んでいた。

エリザは侍女なので、いつもの侍女服である。


「…いよいよ、ね」

「はい、リンカ様」


不安から、リンカは手をギュッと握りしめる。

髪を梳き終えたエリザは、その手に自分の手を載せた。


「大丈夫です。私がついていますよ」

「エリザ……」


(まぁ…万が一、良くない話でしたらリンカ様連れて逃げればいいですしね。我がリンカ様のことは、何人たりとも傷つけさせませんからね!)


そんな決心をエリザは固め、ついでにスッとリンカの頬に自分の唇を触れさせた。


「エリっ…!」

「はい、元気になるおまじないです♪」


サッと離れると、舌をペロッと出すエリザ。

リンカは頬を赤く染め、恥ずかしそうにしながら触れられた頬に手を添える。


「もう…こんな顔じゃ執務室にいけないじゃない」

「じゃあ行くのやめちゃいましょうか?」

「そうもいかないわよ。まったくもう…」


エリザの言葉に苦笑しつつ、もうリンカの心に不安は無かった。


(ありがとう、エリザ)



****



「王女様…ですね、お待ちしておりました」


リンカとエリザが王太子の執務室の前に着くと、警護をしていた騎士から声がかかる。

一瞬間があったのは、おそらくリンカの容姿を見たことが無いからだろう。

リンカの姿は一部の者を除いて誰も見たことが無い。

銀髪という珍しい容姿に加え、王族の碧眼を持っているので間違うことはないけれども。


騎士が扉の先へ声を掛ける。


「王女様が到着なさいました」

「通せ」


扉の中から低い声が届く。

扉が開かれ、執務室の中が明らかになった。

まず目に入ったのは重厚そうな机。その手前には来客への対応用と思われるソファーと低いテーブルがある。

そしてその机の奥に、金髪にしてリンカと同じ碧眼を持つ男が座っていた。


「入れ」


男の声に従い、リンカとエリザは部屋の中に入っていく。

中に入ると、部屋の両壁は本棚となっており、大量の本と書類が収められていた。

王太子と思われる男性…アーノルド。

黒の軍服に身を包み、その体躯は鍛えられているのかしっかりしている。

顔立ちは整っており、そこはさすがリンカの兄といったところだ。

その隣には、以前エリザに手紙を預けた男性が立っている。

どうやら、彼はアーノルドの側近のようだ。

眼鏡を掛け、黒髪を後ろに撫でつけている。

印象はちょっと堅そう。


「座れ」


アーノルドの指示にしたがい、リンカはソファーに腰を下ろした。

その後ろにエリザは立つ。


「君も座るといい。エリザ…と言ったか。君にも用があるからな」

「かしこまりました」


指示に従い、エリザはリンカの隣に腰を下ろした。


(ふむ…やっぱり悪い話ではなさそうね。声色からして、機嫌もよさそうかな?でも、心当たりがないのよね~)


すまし顔を維持しつつ、エリザは万が一に備えて警戒は怠らない。

一方リンカは、初めての兄との対面に先ほどのリラックスはどこへやら。すっかり緊張していた。


「どうぞ」

「えっ、あ、はい」


気付くと、側近の男性が紅茶を入れ、リンカの前に置く。ついでエリザの前にも。


「ありがとうございます」

「いえ」


エリザは礼を返す。サッと側近に目を走らせるが、側近は笑みのまま。


(うーん、さすがは王太子の側近。隙は無さそう)


そうしているうちに、アーノルドが二人の前に座った。

自分の前に置かれた紅茶を一口飲むと、早速とばかりに口を開いた。


「…さて、まずは自己紹介をしておこうか。私がこの国王太子、アーノルドだ。こっちのは私の側近の、フェリクスだ」

「フェリクス・ノーマンです。以後、お見知りおきを」

「あ、はい、私はリンカです。こちらは侍女のエリザです」

「エリザ・ポートワールです。よろしくお願いします」


異母兄弟の初めての顔合わせ。

アーノルドはそのくらいの配慮をする器量はあるようだ。

そのことにリンカは少しだけ安堵し、エリザは少しだけ評価を上げた。


「では本題といこう。2人を呼び出したのは感謝したいからだ」

「感謝…ですか?」


いきなりのアーノルドの言葉に、リンカもエリザも首を傾げた。


(感謝…。感謝されるようなことをしたかしら?)


「そうだ。2人は先月、図書館にいたな?」

「えっ?えと、その…はい」


(先月どころか、ほぼ毎日入り浸ってるんですけどね。その辺は知らないの?)


アーノルドの言葉に、エリザはすぐさま評価を下げた。

こんなにきれいな異母妹であるリンカの動向をチェックしていないなど、許しがたい重罪である。


「まぁ私も図書館にいたんだが、お前たちの会話が聞こえてな」

「?」


アーノルドにそう言われても、2人はピンとこない。

アーノルドはそのまま続けた。


「おかげで、遠征中の兵に起きた病気が壊血病だと解明することができた。感謝している」

「………ああ。あれ、ですか」


ようやく2人の中で合点がいった。

確かに一月前ほどに、そんな会話をしていた気がする。

まさかそれが王太子に聞かれていたとは、思いもしなかったけども。

アーノルドは、頭を抱えていた問題が解決したことで上機嫌だった。


「助けになれたのなら、光栄です」

「全くだ。症例が少ないせいで、医師たちの中でもすぐにピンと来なくてな。まさかそのヒントを門外漢であるお前たちからもらうとは思わなかった。どうして知っていた?」

「…それは、その、ずっと本ばかり読んでいたので」


答えはリンカは視線をそらした。

本を読むことしかすることが無くて、それが役に立ったと言われても胸中は複雑だ。


「そうか。まぁいい。ともかく、今回の件は大いに助かった。そこで2人に褒賞を出そうと思ってな。願いを言ってみるがいい」


(願い……)


いきなりそう言われても、リンカは何も思い浮かばなかった。

これまでずっと、離れでひっそりと暮らしてきたリンカ。何も希望も無く、ただ生きるだけだった日々。

そんな日々の中で生きるリンカに、願望などなかった。

…つい先日までは。


「では、お願いがあります」

「言ってみるがいい」

「エリザの給金を増やしていただけますか」

「王女様?」

「ほう」


リンカの言葉に、アーノルドはそう来たかとうなずき、エリザは不思議そうな顔をした。


「その件を解決できたのは、エリザがいたからです。壊血病について知っていたのはエリザ。だから、エリザに与えてください」

「自分にはいらないと?」

「私は…もう、十分なほどいただいてますから」


(エリザからいただいたもの。お菓子や服だけじゃない。もっと大事なもの…それを、お金だけで返せるとは思わないけど、せめて私のために使った分くらいは返さないと)


リンカにとって、エリザはただの侍女ではない。

何人もの侍女が辞めていく中で、唯一やめてほしくないと願った侍女。そしてたぐいまれな行動力と押しの強さ、なによりリンカへの忠誠心…いや、もっと別の何かだと思うけど…を持っている。

何より、ここまで共に過ごした数か月で、リンカはエリザに本来持ってはいけない感情を抱いている。それは決して外には出せないけれど、一方的にされるだけの関係にはしたくない。


そう思っていたリンカにとって、アーノルドの申し出は渡りに船だった。

これでやっとエリザに恩返しができる。

そう思っていたのに。


「ではエリザ、それでいいか?」

「ダメです」

「えっ?」

「何?」


アーノルドはエリザに向き直り、確認した。が、エリザは即却下した。

そのあまりの早さに、エリザ以外の3人はぽかんとしてしまった。


「私の給金ではなく、王女様への予算の配分を増やして下さい」

「…なぜだ。お前の給金が増えるんだぞ」


エリザの言い分が理解できないとアーノルドは尋ねる。

それにエリザは満面の笑みで答えた。


「予算が増えれば、もっと王女様を着飾れますし、もっと美味しいものを食べていただけますから」

「エリザ…」


リンカ至上主義のエリザが、自分だけ良ければそれでいいなどと言うはずがない。

エリザの中にはリンカのためにどうするかしかないのだから。

そんなエリザを、リンカは感動したように見つめていた。


「なので、私の願いも含めて予算増額をお願いします」

「……それでいいんだな?」

「はい」


エリザが本気でそう思っていることを、アーノルドはその目を見て確信する。

アーノルドはリンカに向き直る。


「…で、当人がそう言ってるわけだが。リンカ、それでいいな?」

「…はい」


本当はダメだと言いたい。ちゃんとエリザが受け取ってほしい。

でも、自分のためと言い出したエリザが絶対引かないこともリンカは知っている。

折れるのはいつもリンカのほうだ。


そんな2人をアーノルドは苦笑しながら見ていた。


(…どうやら、事前調査どおりだな)


アーノルドは事前に2人について調べていた。

エリザが来てからの動向や、リンカのことなど。

ハッキリ言って、エリザの行いには苦言どころか厳重注意レベルのものもある。しかし、これまで異母妹ということで一切関わってこなかったアーノルド。

そこに異母妹のためにあれこれと手を尽くしているエリザの行為を咎める権利があるだろうか。

いや、あるといえばある。これまで異母妹が置かれた状況を鑑みると、王宮を統括する時代の王としては大いにある。


だが、兄としてはどうか。

リンカは最低限の予算しか割り振られず、その生活レベルは庶民と何ら変わらない。母は早くに亡くなり、父である王からも厄介者扱い。

王妃からは機嫌を損ねる相手として、王宮内でも腫物扱いだ。

半分とはいえ血のつながった家族。

その家族と、これまで一切対面すらしてこなかった。

その負い目が、アーノルドにはあった。


負い目から今回の褒章の流れも生まれた。

感謝しているのは事実。

それに、リンカの侍女であるエリザにも興味があった。

かつては自分の侍女としてあてがわれかけた彼女。

その彼女が、今は異母妹の侍女となっている。

それは果たして大丈夫なのか。少しだけ心配だった。

杞憂だったわけだが。


いや、杞憂だった…どころではない。

これほどの忠臣がいるか。そのくらいの話だ。

忠臣と呼ぶには熱量が高すぎる気もするが、それは一旦置いておくとして。


エリザがくるまで、ほぼ無表情だったと言われるリンカ。

それが、2人の時だと笑顔が見られるようになったという。

今も、リンカの表情が無表情だったとは思えないほど、感情豊かだ。

それが分かっただけでも、今回の対面には大きな価値があった。


(さて、と…今後はどうしたものか)


今更、罪滅ぼしというわけではない。

だけど、自分が王となったとき、異母妹をどうすべきか。

できれば、2人一緒に処遇を決めたほうがいい。

そのほうが、リンカのためになるだろうから。


(…しかし、この2人)


アーノルドは少しだけ眉を顰める。

リンカとエリゼ、目の前で見つめ合う二人の空気が、どうも主従のものとは思えない。

その勘が、当たっていると気付くのはもう少し先のことである。


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