6話
「これとこれ、あとこれもください」
「かしこまりました」
場所は王都の服屋。
そこには侍女服ではない、簡素な青のワンピースに身を包んだエリザは買い物をしていた。
買っているのは、リンカの下着と服だ。
前回測定した寸法を元に、服を選んでいく。
予算は王宮の経費だけではない。エリザのポケットマネーも含まれる。
一応、王宮に下着の経費を申請したが、それこそ綿の安い下着しか買えない金額だった。
下着代を受け取った直後に、王宮の窓が一枚割れたようだが、誰もその原因は知らない。
割った当人を除いて。
(ほんっとふざけてるわ!あの可愛らしくて肌も滑らかでつやつやで、もう嘗め回していいくらいのリンカ様の肌に、粗末な下着で我慢させるだなんて!リンカ様の玉の肌の価値を知らないアンポンタンどもにじっくりと教えて…いやダメよ。あんなゴミどもがリンカ様の肌について知る権利なんて無いわ。いやむしろ私が忘れさせてやる)
結構物騒なことを考えているが、買い物は進んでいく。
下着の他、古くてほつれ始めたワンピースの替えも買っていく。
結構な出費になったが、エリザは侍女としての薄給の他、祖父母からもいくらかお小遣いをもらっている。
それを有効活用させてもらった。
リンカのために使ったと知れば、2人もきっと喜ぶに違いない…とエリザは思っている。
****
「ど、どう?」
「はい、リンカ様。とてもお似合いですよ」
王宮に戻ったエリザは、早速とばかりにリンカに新しく買ってきた下着を試着させていた。
表向きはサイズが間違っていないことの確認。
本当はリンカの下着ファッションショーがやりたくて。
ただし、先日の件もあって着替えはリンカが自分でやっていた。
しかし、エリザとしては真新しい下着に身を包むリンカが見れるだけでご満悦だったので、何も問題はない。
一通り着て確認した後、リンカはこれも新しく買ってきたワンピースを着ていた。
ファッションショーに疲れたリンカは椅子に座り、エリザは紅茶を入れた。これもエリザの持ち込みである。
「…エリザ。ここまでしてくれなくていいのよ?」
リンカの言うここまでは、エリザが自費で服を揃えてくれたことだ。
リンカは自分に出される予算が多くないことを知っている。だからこれまではずっと安物の服だった。
しかし今回エリザが持ってきたのはどれも上質の服ばかり。明らかに予算で買えるものではないことは明白だった。
というか、エリザが自分でしゃべった。
「いいえ。私がしたいことをしているだけです」
涼しい顔でエリザは応える。内心はさっきまでの下着ファッションショーを反芻しながら。
本心からしたいことをした。これだから変態は厄介である。
「でも……」
それでもなお言い募るリンカに、エリザは詰め寄った。
「リンカ様」
「な、なに?」
「リンカ様は美しいです」
真正面から、真顔でそんなことを言われてはリンカも恥ずかしくなってしまった。
それをかわいいと思いつつ、エリザは続けた。
「闇夜にきらめく月を思わせる銀髪、王族の碧眼、白磁と見まごう白い肌、均整がとれていながらなお発育著しい肢体。そんな美しくてかわいくて芸術品と思えるリンカ様の体に、あんな安物を纏わせるなど私が絶対に許しません」
「そ、そう…」
その迫力に、リンカの表情がちょっと顔が引きつる。
それでもなおエリザの語りは続いた。
「本当にリンカ様の体には白銀の絹がお似合いです。でも、ほんとは黒とか緑とか、青とかピンクも着せたい。こんなシンプルなワンピースだけじゃないんです。ドレスだって着せたいんですよ。ああ、リンカ様のスタイルならマーメイドもベルラインも、ああセパレートも着せたいですね!」
要は何でも着せたいのである。
「それなのにもうあんなちっぽけな予算を出さないとか…!いっそ財務局に直談判する?リンカ様の美しさはもはや国の宝!いや、やっぱりそれはダメ!私だけの至宝にしておきます!」
(……最近、本音が駄々洩れになってきてる気がするわね)
熱く語るエリザを前に、リンカは遠い目をしながらそんなことを考えていた。
(でも……これほど私を注目してくれたとは誰もいない。エリザだけ…彼女だけが、私をちゃんと見てくれる)
王女という立場でありながら、誰にも注目されないまま生きてきたリンカ。侍女はいても、誰もリンカを見ようとはしない。
そうして、誰からも興味を持たれず生きてきた彼女の世界はだんだん色褪せていた。
そんな世界に色を戻したのがエリザだった。
ちょっと色が濃すぎる気がするが、もう手遅れかもしれない。
「…というわけで、ウェディングドレスはわたしと一緒に作りましょうね♪」
「えっ?あ、ええ、そう…ね?」
いつの間にか語りが終わったエリザが同意を求めてきた。
遠い目をしていたリンカは空返事をしてしまうが、これが後にとんでもないことになる…かもしれない。
「よし!」
(…何がよし、なのかしら?)
もしかしたらとんでもないことに返事をしてしまったかも…と思ったけど、エリザのことだからそう悪いことではない…はずと思うことにした。
そうしないと、この侍女の奇行にはついていけない。
リンカは今纏っているワンピースに目を落とす。
これまで着ていた服と比べて、肌触りが全然違うことが分かる。
それこそ、こんなに上質な服があるのかと驚いてしまった。しかし、エリザ曰くもっと上質な服があるという。さすがにエリザのポケットマネーでは、枚数が買えなくなるから妥協したとか。
ここまでされたら、リンカも申し訳なくなってしまう。
「ねぇエリザ」
「はい、なんですかリンカ様」
「ここまでしてもらって、私からもあなたに何かしてあげたいの。でも…私にはお金は無いから…」
そう言ってリンカは顔を伏せた。
何かしてあげたくても、それをするためのお金がない。
「だから、私がしてあげられること、あなたにしてあげたい。何かないかしら?」
その瞬間、エリザは止まった。
しかし次の瞬間には解凍し、優雅に侍女の礼をとった。
「リンカ様、これは私が勝手にしたわがままです。リンカ様がお気になさらくてもいいのですよ」
「…でも、そうはいかないわ。私にできることはないの?」
見る人が見れば気付いただろう。
エリザの手が震えていることに。
(リンカ様が!してくれる?なんでも?なんでもよね?あああぁぁぁあああ!ダメ、絶対ダメよ私!ここで言っちゃったらもうダメだから。もう…もう!ああもう思うだけでも禁止!思ったら口から出ちゃう!)
今、エリザの脳内は理性と欲望のせめぎ合いだ。ぎりぎりで理性が勝っているが、いつ決壊してもおかしくない。
「…ねぇ、エリザ?」
「っ!!!!」
リンカのちょっと不安そうな、それでいて期待するような呼びかけ。
エリザは決壊した。
「…本当にこれでいいの?」
「ハイ、ワタシハモウジュウブンデス」
エリザはリンカに膝枕してもらっていた。
これがエリザにできる、譲歩に譲歩を重ね、譲歩に包み込み、譲歩に埋めて、譲歩で固めた結果だ。
「そう…」
リンカはちょっと不満そうだ。
しかし、エリザはこれ以上は完全に踏み越えかねないことを自覚している。
(耐えるの、耐えるのよ私!今踏み越えたらもう止まらないのは分かるでしょう!?ダメよ、リンカ様の侍女を続けるためにはそれは超えてはならない一線なの!)
この瞬間すら、いつ決壊しかねない。エリザは今戦いの場にあった。
それを知ってか知らずか、リンカはそっと顔を下ろし、エリザに耳元に顔を寄せていく。
(…分かってるわ、エリザが我慢してるって。だって、私たち女同士だもの。でも、ね…)
「…エリザ、いつか、ね…」
そう囁くと、耳に唇を這わせた。
その瞬間、エリザの首がカクンと落ちた。
「エリザ?」
「…………」
エリザは真っ白に燃え尽きていた。
(あら、珍しいこともあるわね。エリザがこんなことになるなんて。でも普段エリザばっかりなんだもの。少しぐらいはね)
本当はそこまでする気はなかったけれど、思った以上にエリザが我慢しているのでつい調子に乗ってしまった。
真っ白になってしまったエリザの髪を、リンカは優しく梳いていく。
「…エリザ、好きよ」