13話(ちょっと表現激しめかも)
「あったかいですね、リンカ様」
「そ、そう、ね……」
ちゃぶ…と水音が響く。
リンカとエリザは、一糸まとわぬ姿で湯に浸かっていた。
場所は離れの塔の1階。その一部には浴室があった。
しかし中は狭く、しかも湯を沸かすための薪も十分とはいえない。
そのため、リンカは普段はタライに溜めた湯で体を洗い、週に1回だけ湯船に湯を溜めて入浴をしていた。
最初は侍女になったエリザが、
「私が毎日リンカ様を湯に浸からせます!」
と意気込んでいたが、薪不足の現実とそこまでの手間をかけられないとリンカが懇願したため、無しとなった。
それは予算が増えた今でも変わらない。
リンカが入浴するときは侍女がその手伝いをする。
今日はエリザがその手伝いをし、髪を洗い、身体を洗う。
リンカ命にして若干変態ぎみのエリザがそんなことをしようものなら、衝動に任せて襲い掛かりそうなもの。だけど、そこはちゃんとわきまえており、そんなことはしない。
いやむしろ、リンカを磨くことに気合が入りすぎて、そっちまで意識が回っていないというのが正しい。
そして今日は湯船に浸かる日。
湯を溜め、リンカの身を清めていく。
それが終わると侍女は出ていき、リンカが湯船に浸かって温まるまで脱衣所で待機するのが流れだ。
今日もそうしようとしたところで、リンカからエリザに声がかかった。
「その……一緒に、入らない?」
頬を赤らめ、少し目をそらしての誘い。
エリザには効果は抜群だ。
「もちろんです!」
エリザの返事と行動は早かった。
サッと脱衣所で侍女服を脱ぐと、素早く身を清める。
「失礼します…」
そしてゆっくりと、リンカが浸かっている湯船に入っていった。
「ええ、どうぞ」
エリザが入ると湯船から湯が溢れていく。
こっそりリンカに寄り添うと、リンカも自分からエリザに寄り添っていく。
互いの肩が触れる感触に、リンカは気恥ずかしさと嬉しさを感じていた。
(本で読んでみた『裸の付き合い』というのをやってみたかったんだけど…なんだか、不思議な感じ)
互いに隠すものがなく、すべてをさらけ出している状態。
恥ずかしいけど、隠さなくていい解放感が気持ちよくもある。
裸を見られることには慣れている。でも、お互いに裸というのは初めての体験。
自分だけじゃない、相手も裸だというところに、リンカは不思議な感覚を覚えていた。
ちらりと横を見ると、そこには慣れ親しんだ顔のリンカがいる。
湯船に浸かり、少し火照り始めている横顔。
でも、侍女服でもなければ私服でもない。同じ裸のエリザがいる。
なんだか、知ってるはずの人なのに知らない人がそこにいるような、なんとも奇妙な感覚。
すると、エリザもリンカのほうを向き、2人の目があった。
「………」
「………」
じっと見つめ合う2人。
すると、エリザはいたずらっ子のような笑みを浮かべると、
「キャッ♡」
といって胸元を手で隠した。
その行動に、何も隠さずそのままな自分が急に恥ずかしくなり、リンカもそっと胸元を腕で隠した。
そうやって恥ずかしがるリンカの姿を、エリザはじっくり嘗め回すように見る。キモイ。
洗い終えてつやつやの銀髪は結い上げてある。
そのことで普段は見えないうなじがさらけ出され、妖艶な色気が醸し出されている。
それなのに、引きこもりの白い肌がお風呂で紅潮し、さらに顔はもっと赤い。
一言で言って、エリザは非常に危険な状態にあった。
普段はリンカを磨くことに真剣になりすぎるあまり、こんなことにはならなかった。
しかし今は違う。もう磨き上げは終わり、意識は純粋にリンカにだけ向けられている。
(はああぁぁあああ…リンカ様美しすぎる!やばい、私がやばい!いろんな意味でもうダメ!)
リンカだけでなく、エリザもまた自分が裸ということで、普段とは違う空気に呑まれかけていた。
2人はそっと視線を外し、ぼんやりと壁を眺めていた。
「………」
「………」
立ち上る湯気。揺らぐ湯面。時折響く水音。
そうしてどのくらいしていたか。
リンカの隣で、激しく水音が立った。
「エリ…」
もう上がるの?と声を掛けようと、リンカは横を向いた。
そこに、エリザの顔が迫る。
「ん……」
「……」
触れた。
いつぞやのように、唇とそれ以外の場所のキス…ではない。
間違いなく、唇と唇同士。
時が止まる。
リンカの目は見開かれ、エリザの目は閉じられていた。
「………」
「………」
(あぁ……リンカ様の唇、柔らかい。気持ちいい……)
リンカの唇の感触をじっくり堪能するエリザは、いつの間にかリンカの背に手を回し、しっかりと抱きよせていた。
一方、されるがままのリンカは完全に脳が停止していた。
「……はぁ」
どれくらいそうしていたのか。
恍惚の表情を浮かべながら、やっとエリザが離れる。
その表情を目にしながら、リンカは少しずつ再始動し始めた。
(い、い、いま……確かに唇に…キ、キス、を……)
戯れのキスではない。
そんな意味合いではない、間違いなく恋慕の感情を伴ったキス。
互いの気持ちを確かめた後とはいえ、肉体的な接触と言う意味ではまだだった2人。
それが、ついにエリザによって踏み越えられた。
踏み越えたエリザは、自分でもそんな行動をとった自分に驚いていた。
何かを考えてしたわけじゃない。
ただ、無性にリンカが欲しい…とそう思ってしまった。
(しちゃった…リンカ様と。いい…よね。だって、リンカ様から誘ってきたんだもん。そんなつもりじゃなくたって、もう関係ないもの。もう指輪を交わしたんだから、これくらいもうしてもいいんだもの)
一方、リンカにとって、初めての唇のキス。
そして、そのキスを終えた後エリザの…愛しい人のこれまで見たことない、恍惚な表情。
そんな状況に、されるがままだったリンカにも一つの気持ちが芽生える。
ゆっくりと、リンカの手がさきほどまでのエリザと同じように、エリザの背に回される。
その意味をエリザはすぐに理解し、ゆっくり目を閉じた。
「ん………」
「………」
今度はリンカからのキス。
エリザと違い、ゆっくりと唇を合わせていく。
少しずつ、少しずつ触れ合っている面積が増えていく感触に、エリザはいいようもない興奮を覚えていた。
(リンカ様…こんなじらすようなキスをするだなんて。あぁ……ダメ。気持ちよくなっちゃう…)
しかも無意識か、触れただけでは止まらない。
少しだけ顔を動かし、唇も触れ合う箇所を変えていく。
その官能的な動きに、エリザのほうが惑わされていくようだ。
エリザの手がゆっくりと上がっていく。
どうしようもないほどに、エリザの気持ちは高まっていた。
このまま、リンカの頭を掴み、もっと深いキスを交わしたい。
けれど、そんなキスをしようものなら、完全に一線を越すことになってしまう。
(リンカ様は、多分そこまでは知らない。知らないリンカ様にそんなことは…。でも、知らないリンカ様に教えていくのも…)
エリザの頭に恐ろしく誘惑的な考えが浮かぶ。
だが、その考えが実行されかけようとしたところで、リンカは離れた。
「………」
「………」
エリザは目を開くと、リンカを見る。
リンカの顔はこれまで以上に紅潮し、瞳は潤み、唇は半開きで濡れていた。
長く湯に浸かりすぎたせいか、顔から汗が滴る。
それすらも、今のリンカの妖艶な表情を彩るものになる。
本当はもっとしたい。その塗れた唇にむしゃぶりつきたい。
きっとリンカはそうしても拒絶しない。そこまで考えても、なおエリザは踏みとどまっていた。
上がっていた手をリンカの背に回し、抱き寄せる。
けれど、それだけ。
頭は交差させ、唇は触れない。
純粋に、ただ抱きしめるだけ。
それだけなのに、素肌が触れ合う感覚、互いの胸が押しつぶし合う感触は官能の火に燃料をくべていく。
その火を、エリザは鋼の精神力で消し飛ばす。
そっと、リンカの耳元でエリザは呟いた。
「うれしいです、リンカ様」
「私もよ、エリザ」
互いに感謝の言葉を紡ぐ。
抱擁を解いたエリザは浴槽からでて、脱衣所に向かう。
その背中を、リンカはじっと見ていた。
まとめ上げ、茶髪の下に隠されたうなじ。
くすみ一つなく、すらりとした手足に、きれいな背中。
そして、女性らしいライン。
それはリンカの中で初めて芽生えた官能。
愛しい人の、一糸まとわぬ背中姿にリンカはいいようもない興奮を感じていた。
(あぁ…エリザ、なんて美しいの…)
くるりとエリザが振り返る。
じっと見つめていたリンカの瞳と向き合った。
「リンカ様も、のぼせる前に上がってくださいね」
そう言って笑みを浮かべ、脱衣場に消えていった。
浴室へのドアを締め、タオルを手に取ったエリザは、すぐに顔をうずめた。
(ああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああ!!!なに、何なの今日のリンカ様!?もう色っぽすぎて卑怯でしょあんなの!思った通りに唇柔らかかったし。まさかリンカ様がちょっと…しただけで、あんな表情するとか反則よ!)
先にしたのはエリザなのに、後半完全に弄ばれ、じらされ、我慢させられていた。
沸き上がった官能を吹き上げるように、タオルで体を拭いていく。
侍女服を身にまとい、用意していた水を一杯飲むと完全に火は消えていた。
ちょうどそこに、湯船から上がったリンカが出てきた。
「リンカ様、お拭きしますね」
「ええ…」
完全に侍女モードになったエリザは裸のリンカを前にしても、的確に水滴を吹いた。
拭き終えると寝巻を着せ、乾いたタオルをもう一枚取り出し、髪をさらに吹き上げていく。
「終わりましたよ、リンカ様」
「ありがとう、エリザ」
塗れたタオルを畳み、洗濯籠に入れておく。
そして向き直ったエリザの前に、リンカの姿がある。
向き合ったほんの一瞬に、リンカの唇はエリザの唇に重ねられていた。
「ん……」
「っ……!」
これにはエリザも驚かざるを得ない。
すぐに唇は離れたけど、リンカの表情はやはりあの妖艶なままだ。
「気持ちいい、わね…」
(その表情でそんなこと言うのは反則でしょおぉぉぉ!?)
そのままリンカは脱衣所を出ていった。
あとに残されたエリザは、急いでリンカの後を追うしかなかった。
今日の夜は長くなりそう……ということはなかった。
長風呂で疲れたリンカはすぐさまぐっすり。
エリザはおあずけをくらう羽目になり、枕を涙で濡らした。




