第7話 月曜日:沖 都也美は約束をする。
「うええええええん!!ハルくんはいい子だねぇー!!」
「わー、もう!引っ付かないでくださいよ!」
このやりとりも何回目だろうか。
俺は、明け透けに過去あったことを全て話した。
俺がまだ話し始めて間も無くして、都也美さんは泣き始めた。
最初はツーっと顔を伝う程度であり、感情移入してくれて嬉しいな、そう思いながら話を続けていたのだが、気づけば声をあげて泣き始める。
それにびっくりして話を中断しようとしたら、都也美さんは俺に抱きついてきた。
「うぅー、もう大丈夫だよぉ。私がいるからねぇ」
その言葉に俺も泣きそうになった。
思えば、一人暮らしを始めてから誰にもこの辛さを吐露することなくここまで生きてきたのだ。
相談できる相手がいれば、今こんなことにはなっていなかったのだろうか。俺は過ぎた過去を悔やんだ。
後悔もそのままに、俺は都也美さんが落ち着いたのを見計らって話を続けるも、要所要所でワッと泣いては俺に抱きついてきた。
そしてようやく俺の過去の全てを話し終えると、また抱きついてきたのだ。
「だって、だってさぁ!ハルくんが、ハルくんが……」
「わかった、わかりましたから、落ち着いてくださいよ、もう!」
うんざりしていたのは泣いていることだけでなく、都也美さんが自身の容姿端麗さを全く意識していなかったところだ。抱きつかれるたびに煩悩に負けそうなところをギリギリ勝ち続けた俺を誰か褒めてほしい。
「それでも、話してくれてありがとうね……!」
「いえいえ、俺の方こそ。話してよかったなって本当に思いましたから」
それは俺の心からの本音。でも、誰彼話すのも違うと思った。
都也美さんに。いや、都也美さんだからこそ打ち明けられたのだ。
「それにしても、本当に都也美さん話聞くの上手なんですね。びっくりしました」
「えっ!?ま、まぁね!」
「なんか、話してて心がスーッと浄化されるというか」
「う、うん……」
「何から何まで話したくなるような、母性に包まれている感じもあって」
「…………」
「包まれているといえば、抱きつくのは流石にどうかと思いますよ! 女性はまだいいかもですが、最近色々と厳しいご時世ですし」
クルッと振り返ると、都也美さんは三つ指をたてて土下座していた。
「ごめんなさい、ハルくん。私は悪い大人です」
「えっ!?」
「実はね、話聞くの上手なんて嘘なんだよ」
「もしかしたら、もう気づいてるかもだから行っちゃうけど、このお店とても綺麗でしょ?」
「そうですね。都也美さんに似てとても綺麗と言いますか」
「んなっ!? よ、余計なことは言わなくていいんだよ、ハルくん!」
だが、これも俺の本音である。あけすけに言い過ぎて少し恥ずかしかったが。
「と、とにかくっ!この店が綺麗なのはもちろん私が掃除ちゃんとしてるのもあるんだけどさ、実はこの店、店じゃないんだよ。矛盾してるけど」
……店じゃない?どう言うことだ?
疑問に思っていると、都也美さんは再度口を開く。
「ハルくん、さっき外の看板みたでしょ?あの『bar』って書いてるやつ」
「あー、ありましたね」
「あれ、昼だから電気がついてない訳じゃないんだよ」
あの時、確かに電気は消えていた……気がする。
都也美さんを早く助けたい一心で気にも留めなかった。
「勿論、夜だからって電気付ける訳でもなくて。そもそも開店してないの。それにおそらくこれからも店を開けることはしない……と思う」
彼女は一呼吸置いてこう言う。
「だから実はここってさ、私の家なんだよね」
「家……ですか?」
「そうそう。もちろん、最初はバーとしてオープンする気、満々……いや、でもどうだろうなぁ……うん、まぁ、そう言うこと。」
そういうことらしい。全然、わからないが。
「だから、オーナーって言っても名ばかりだし、従業員がいないのも……まぁ、わかるよね。色々と話すとちょっと長くなっちゃうからさ、また今度聞いてよ」
「わかりました」
「お、わかりましたって言ったなー!じゃあ、絶対聞いてもらうからね!」
思わず安請け合いしてしまったが、よく考えたら俺は明日以降どうやって生きていけば良いかも分からぬ身である事を思い出す。
「あの、でも俺は……」
「もちろん、分かってるよ。だから、これはお姉さんからの提案なんだけど」
「何でしょう?」
「私の話し相手になってくれない? もちろん、タダって訳じゃないよ、ちゃんとお金は払うから」
「いや、でもそれは……」
「改めてちゃんと言うね、バーの従業員さんとしてハルくんを雇いたいの」
まっすぐな瞳、そして表情。先ほどまでの、ただの酔っ払いでフワフワしていた都也美さんはそこにはいなかった。
「弱みにつけ込むような形になっちゃったのは申し訳ないんだけどね」
そう言って彼女は表情を崩す。
「これは、嘘ついてハルくんに辛い過去を思い出させちゃったお詫び。それと、私のエゴかな」
「エゴ……ですか?」
「そう。もちろん私が話を聞いてほしい、他にも色々と……。それにね、なんかハルくんのことほっとけなくてさ」
「都也美さん……」
「ハルくん見てると心配になって安心させたくなるのよ。でも、話しててすっごい楽しくて、ずっとおしゃべりしたくなっちゃう。たまに同姓でもあるじゃない? 初めて話すのにそんな気がしなかったり、色々相談しちゃったり」
「ありますね。いつどうやって仲良くなったのか思い出せない友達とか」
「そうそう!こういうのって、運命っていうのか、相性っていうやつなのかはわからないけどさ」
そう言ってニコッと笑う都也美さんはとても綺麗で。そして可愛かった。
「だから、良かったら私のところで働いて……いや、お友達からでも……んー、まぁなんでも!とにかく、会いにきてほしいんだ!」
「わかりました」
「お願い私にできる事ならなん……って早!言っとくけど、もう撤回はできないんだからね!絶対だよ!」
「大丈夫ですよ、友達でも従業員でも何でも付き合いますから」
「一応聞くけどさ……それは、自己犠牲じゃないんだよね?」
「違う……と思います。俺にもよく説明できないんですけど……。言葉を借りるなら……運命とか、相性ってやつですかね」
「じゃあ……良かったよ」
「そもそも、今俺にできることってこれくらいですからね」
「あはは、それもそうだね」
都也美さんは笑う。俺もつられるように苦笑した。
「じゃあ、明日からよろしくね!ハルくん!」
「はい、よろしくお願いします。オーナー!」
「そこは都也美さんがよかったなー!」
そう言うと都也美さんはちょっと頬を膨らます。かと思うと急に真顔になった。
「そういえば、どうして私のこと見つけたの?」
「あぁ、それは猫が路地に入って行ったので……」
「そうなんだ!じゃあ、本当に運命かもね」
「そうですね。今度見かけたらお礼言わないと」
「ふふ、じゃあ私もお礼言わないとだ」
和気藹々とそんな話に花を咲かせつつも、心の中で運命の神様──いや、猫神様に感謝をしていた。