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第6話 月曜日:沖 都也美は提案をする。

 バーに入ると中は暗く、前が全く見えない。

「ライト……壁のところ……」

 そう言われて、壁際に手をやると何かに当たる感触があった。すると、カチッと言う音ともに明かりがつく


 すると、カチッと言う音ともに明かりがつく。

 中は全体的にとても綺麗に纏まっておりつつも、いわゆる普通のバーであった。

 入ってすぐ右側のカウンターテーブルには所狭しとお酒が並び、背の高い椅子が5脚ほど並んでいる。

 一目見た感じではあるが、テーブルや床、酒のボトルには汚れのひとつもなくかなり清掃が行き渡っているように感じた。

 その奥には背の高い冷蔵庫と、業務用の冷凍庫のようなものも見える。お酒を割る用の水や氷が入っているのだろうか。

 

 そして左側には、大きなソファと背の低い机があり、灰皿やマッチ、名刺などの小物が置いてあった。


「ごめん……ソファまでお願いできる……かな?」

「は、はい、わかりました」


 ぼーっと、中を見回していると、後ろからそう声がかかる。俺は慌てて、ソファの上に彼女をそっと下ろす。

 頭痛が相当酷いようで、首をがくりと下に向けている。髪の毛が長いせいで顔もよく見えず、その様子はホラー映画の1シーンを想起させ、少し怖い。


「うー……冷蔵庫にお水と頭痛薬入ってるから……それもお願い……君も汗かいてるみたいだから……水のんで……あとそこらへん、適当に座っていいから……」


 薬も冷蔵庫に……?

 そう思って冷蔵庫を開けると本当に頭痛薬があったので、それと一緒にミネラルウォーターを手渡し、俺も座る。

 二人で同時に水を飲み、女性はしっかり薬を飲んでいた。

 熱った身体に水が染み渡っていく。


 そういえば、俺の汗で女性を不快にしていないかが急に気になった。

 大丈夫かなと思い、俺は身体の匂いをこっそり嗅いだ。


「大丈夫……臭くなかったから……むしろ……安心する匂いだったよ」

「よ、良かったです」

「あと色々頼んじゃ……ってごめんねー……」

「お気になさらず、です……はい」


 水の件と言い、随分と優しい人だなと思った。自分も辛い状況であると言うのに。


 すると突如沈黙が訪れる。気まずくなった俺は立ち上がった。


「じゃあ、俺は帰りますね」

「んー……あー……ちょっと待ってよ……お礼もしたいしー」

「いえいえ!お礼なんて全然!」

「なんか……予定とかあるかんじー?」

「……ない……ですけど」

「じゃあ……いいじゃない……もう少し待っててよー……」


 そう言われて俺は椅子に座り直す。

 手持ち無沙汰ではあったが、何故かスマホを見る気にもならず俺はそのまま5分、10分と待った。


「何も聞かないの?」

 女性は突然そう口を開いたので、俺は肩をビクつかせた。

「体調は大丈夫なんですか?」

「大丈夫、落ち着いてきたから。 さっきの答えは?」

「あー……まぁ、人にはそれぞれありますからね」

「ふーん、優しいんだね。 だから、行き倒れだった私を助けてくれた訳だ」

「優しいなんて……そんなことないですよ……。他の人に迷惑かけたくなかっただけで」


 そう言って俺はハッとして、口を噤む。

 すると、今まで動かなかった女性がピクッと反応した。

「なるほど、君も何か訳ありみたいだねぇ」


 そう言って髪をバサっと掻き上げる。

 初めて見た女性の顔はとても綺麗だった。

 目は二重でくりんと大きいが少し切れ長であり、鼻筋は綺麗に通っている。

 唇は少し厚めだがぷりんと柔らかそうなそれは、俺の目にはとても扇状的に映った。


 しかも先ほど背で確認してしまった大きすぎる胸。

 実はソファに下ろした時に気づいてしまったのだが、着ているキャミソールから溢れそうなくらい大きい。

 しかも、ショートパンツからは程よい肉付きの太ももがあられもなく曝け出されているのだ。


 サキュバスと言われたら思わず頷いてしまうような、蠱惑的な女性。

 初めてそんな存在に出会い俺はたじろいだ。


「そういえば、名前言ってなかったね。私は、沖 都也美。君は?」

 そう言って足を組み替える、沖さん。

 思わず目を逸らす。

「俺は、芦名 春です」

「ハル……いい名前だね。私のほうが年上っぽいし、ハルくんって呼んでいいかな?」

「大丈夫ですよ。俺は沖さんで」

「都也美って呼んでくれる?」


 彼女が食い気味にそういい放ったので、俺は面食らった。


「あーはは……ごめんねぇ。私さ、自分の名字好きじゃないんだよ」

「なるほど……じゃあ都也美さんで」

「さん付けじゃなくていいのに」

「……俺がよくないんですよ」


 そういうと、都也美さんは肩をすくめる。

「まぁ、今はそれでいいよ」

「なんか……すいません」

「ふふ、気にしてる。それより、私の名字のことも何も聞かないんだね」

「……なんかありましたっけ?」

「ごまかすの下手くそだねぇ、君。でも、君の優しさに免じて許してあげよう」

「俺は優しくないですよ」

「そんなことないよ、優しい匂いしたもん」


 そう言ってこちらにペタペタと近づいてくる都也美さん。ふわっと女性特有の甘い匂いと、お酒の匂いが香ってくる。


「匂い嗅がせろ祭りー!」

「やめてくださいよ、もー!しかも祭りって何ですか!」

 突然俺に飛び掛かり、犬のようにクンクンと俺のことを嗅ごうとするので、俺は彼女を無理やり押し退ける。

「これだから、酔っ払いは!」

「あはは、たのしー!久しぶりかも、こんなに楽しいのー!」

「はぁ、まったく」

 そう言いながらも、俺も少し楽しかったのが悔しい。


「話めっちゃ変わっちゃうんだけど、お礼の話していい? 私からの提案は、ハルくんの話聞かせてほしいなって!」

「俺のですか?」

「そうそう!意外かもだけど、お姉さんこう見えても話聞くの上手なんだよ!」

「おおー、意外だー」

「失礼なっ! ほら、これを見なさいな」


 一枚の紙を手渡される。それは名刺だった。

 そこには「bar miyabi オーナー 沖 都也美」と書いてある。

「都也美さん、ここのオーナーさんだったんですか!?」

「そうだよー! まぁ、他に働いてる人誰もいないけどね」

「それでもすごいですよ!」

「でしょ! 結構お客さんの話いっぱい聞くから何かハルくんの助けになればなって!」

「なるほど……」

「もし、お礼だと思えなかったら、他のこともするしっ!」

「うーん……」


 破格の条件ではあったものの、多分普段の俺であれば絶対断っていた。

 話しても何の解決にもならない。そう思っていたから。

 それでも、都也美さんの人柄のせいか。はたまた、お礼という自分には仰々しいものを消化したかったからか。それはわからなかったが、俺は話してみることにした。

 俺の過去、そして今。病気のことなど全てを。


 包み隠さず伝えることで何か変わると信じて。

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