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第4話 決意

「おーいミハルっ……本当に寝ちまったのか?」

 横で気持ちよさそうな顔している、彼女───藤野 瞠(ふじのみはる)の柔らかいホッペをツンツンしながら、そう聞くも全く動かない。

「まーったく、お前が珍しく俺の昔の話聞きたいとかいうから話してたのに、あっさり寝やがって」

 追加でツンツンしてみるも、やはり反応はない。


「それにしても……可愛い寝顔だ。よかったよかった」

 幸せそうな顔で寝ている彼女を起こすのは忍びなかったので、それ以上は特に何もしなかった。


 手持ち無沙汰になった俺は起こさないようにこっそりと日課であるスマホをつけ、メモを開く。

「あっ!」

 メモに書かれた『ゴミを捨てる事!』という文字を見て思わず大きな声をあげてしまう。すっかり失念していた。

 こっそりミハルを見る……起きていなさそうだ。

 ホッと吐息して、ベッドを出ようとする。


「んーっ、ハル兄さんどこいくのーっ」

 寝ぼけ眼を擦りながら、ミハルは俺の腕を掴んできた。

「起こしちゃったか?」

「そんなことより、どこ行くのーって」

「ゴミ捨て忘れててさ。今から捨てに行こうと思って」

「ヤダーっ!行っちゃダメー!」

 ミハルの腕を掴む力が急に強くなる。


「ほら、すぐ戻るからさ」

「ヤダヤダ!」


 ミハルが駄々をこねる。その様子に俺は二の句が継げられないでいると、彼女はさらに言葉を続けた。

「何がイヤって、アタシが何に怒ってるかわかってないのが一番イヤっ!」


 俺は少しだけ考えると、一つの結論に辿り着き、謝罪の言葉を口にする。

「……あ……ごめん……そうだった……。一人にしようとして悪い!俺が悪かった!」

「……まったく、ホントに鈍感さんなんだから……じゃあ行こ!」

「行こって、どこに……!」

「ゴミ捨てだよ!アタシは優しいから、特別に手伝ってあげる」


 そう言って俺を引っ張ると部屋から出る。

「ゴミどこにあるの?」

「外に出してある。あとは持ってくだけ」


 リビングを抜け、靴を履いて外へ出る。

 ドアの横に並べていたゴミ袋を見て「ホントだ」とミハルは感想を漏らす。


「ゴミはいーち、にー……。 全部で6個?」

「そそ。ミハルは1個だけ持ってくれ、俺は2つ持つから。それで2往復すりゃ終わりだ」

「らじゃーっ!」


 ゴミ捨て場はすぐ近くの場所にあるので、5分も経たずしてゴミ捨ては終了した。

 家に戻って手を洗う。

「おつかれさまー!なんか、夫婦みたいでめっちゃ幸せだったかも!」

「ゴミ捨てで幸せってのもな」

「そう言う日常にありふれた行為を二人でやるってのがいいのだよぉ」

「まぁ、よくわからないけどミハルが満足したならよかったよ」


 すると彼女は突然、俺に握手をしてきた。

「あたし今すっごい幸せを感じてる。ありがとうねハル兄さんっ」

「どういたしまして。といっても俺が忘れてただけだがな」

「んーん、アタシが幸せだから、それでいいの!」

「……そっか」

 ミハルのストレートすぎる言葉を受けた俺は気恥ずかしくなり目を逸らした。


 でもそれは、それとしてとミハルは前置きすると

「あたし、まださっきの全部許してないからね?」

 なんて言う。

 目からハイライトが消えかかっている。


「ご、ごめん。どうしたら許してくれる?」

「んー、じゃあ……」

 彼女は低い背を伸ばして、俺に耳打ちした。


「わかったよ……。今日はまだまだ眠れそうにないなー」

「だーって二人が一つになってる感じがして、好きなんだもん! ハル兄さんだって好きでしょ?」

「まぁ、それは……確かにそうだけど。それにしても珍しいじゃないか、耳打ちなんて」

「その方が、大人っぽいかなーって!」

「そう言っちゃうのが子供っぽいなー」

「あー!ひどいんだー!」


 ミハルは背伸びして俺の胸をポカポカとグーで叩いてくる。くそ、可愛いなこいつ。


 でもさ、と言い彼女は急に叩くのをやめる。

「でもさ、アタシとちゃんと繋がってれば、ハル兄さんはゾンビにはならないよ!」

「……ミハルお前、起きてたのかよ」

「そりゃそうだよ、だってハル兄さんのこと離したくないしっ」

 そう言って俺にぎゅっと抱きついてくる。小さな身体に不釣り合いな大きな胸が、俺の腕の形に合わせて変形する。あまりの感触に、つい目線がそちらを向いてしまう。


「兄さんがアタシのおっぱい好きなのは調査済み」

「やっぱりわざとか」

「兄さんがアタシの寝顔を可愛いって思ってるのも調査済み」

「……忘れてくれ」

「絶対忘れてあげないっ!」


 また、弱みを握られてしまった。

 ミハルは微笑みながらこう続ける。

「アタシ絶対、ハル兄さんのこと忘れないからね」

「このタイミングでそれを言うのか……? ったく……。俺もずっとミハルから一生離れないよ。」


 それは彼女といつも寝る前に交わしあうと決めている文言だった。


「にひひ……じゃあ、部屋に戻ってえっちしよー!」

「おいおい、大人っぽさはどうしたんだよ!」

「こっちの方がアタシっぽいんだもーん」

 そう言って二人で部屋に帰ろうとする。


「あ、ちょっと待ってくれ」

 やるべき事を思い出し、俺はミハルと手を繋いでリビングに戻る。


「今回はアタシを一人にしようとしなかったね」

「当たり前だろ」

「そういうとこずるいっ……で、どうしたの?」

「忘れる前にやっておこうと思ってさ」


 俺はリビングの高い壁に貼り付けた日めくりカレンダーを指差す。


「あー、なるほどね!」

「そゆこと。よいしょっと」


 《《俺は手を伸ばすと「火曜日」と書かれた紙をちぎって丸め、近くのゴミ箱に捨てた。》》


 ─────────────────────


 引っ越した当日、初めて訪れたその足で大家さんのが住んでいる部屋を訪ねた。

 簡単な挨拶を終え、外のポストを開ける。中には“105号室”のタグが付いた鍵───俺の部屋の鍵が入っており、それを取り出した。


 鍵を使い扉を開け、部屋に入る。

 中からは築年数がかなり経過した木造アパート特有の臭いが香ってきた。

 ここ御園荘は、築40年で六畳一間。キッチン風呂トイレ付きで家賃35000円。

 これからおそらくバイト生活になるだろうと考えていた俺にとって、この家賃はあまりにも破格だった。

 だからお世辞にも綺麗とはいえない玄関や奥に見えている少し穴の空いた畳はしょうがないのだ。

 むしろ、賃貸サイトで見た物より綺麗に見えた。


 その畳には既に荷物が引っ越し業者により搬入されていたので、荷解きを開始した。


 荷解きの最中、通販サイトで頼んでいた家電や家具などが続々届き、それらを開けて組み立てたり、配置していたらあっという間に時刻は夜の10時。


 それに気づいた途端、慣れない作業での疲労感、そして新生活の緊張の糸が切れたことによる心労が同時に押し寄せ、俺は布団も敷かずそのまま寝てしまった。


 翌朝、寒さで目が覚めた。

 時計を見るとまだ5:00。

 暖を取るため、風呂に入りそのまま歯も磨いた。

 ドライヤーで髪を乾かすと、昨日から何も食べていないことに気づく。気づいた瞬間、腹が鳴った。現金なものだ。


 駅のホームで母さんから渡された紙袋から弁当箱を取り出す。

 中には、俺の好物のトンカツとご飯がみっちり入っていた。


「いただきます」

 誰に言うでもなくそう呟いてから、5分も経たずに完食。弁当箱は綺麗に洗い、紙袋に入れ、キッチン下の収納棚にしまった。


 その後何をするか考えていると、昨日は“記憶ノート”を書くのを忘れていたことを思い出す。

 簡単に纏め終えると、スマホを開く。忘れている重要な事はないかも同時に確認した。


 それから昨日積み残した作業を黙々と続けると、気づけば時間は正午。集中していると時間が経つのは早い。

 心地よい疲労を超えた怠さを感じ、一度休憩を挟む。


 頑張った甲斐あって住環境は初日に比べて格段に進化を遂げたと思う。

 実際は、そう思わないとやってられないくらい疲れていただけだったが。


 休憩の延長で気分転換をしたくなった俺は近所を散歩することにした。

 途中スーパーを見つけたので、立ち寄ることに。

 ネットで注文し忘れていた生活必需品を買い揃えて店を出る。出口に求人情報誌が置いてあったので、それも買い物袋に突っ込んだ。


 結果として、田舎といえどコンビニやスーパー、薬局など生活用品を買えそうな店舗が複数あることを確認できた。

 また、シャッターを下ろしている店は多かったが、商店街も発見。

 暮らすには十分豊かな環境であることを実感してアパートに戻った。


 ──────────────────────

 買い物品の片付けを終え飯を食べていた時、父さんからもらった分厚い封筒の存在を思い出して中を開けた。


 中には母さんからの手紙が20通。そして父さん直筆の便箋が1通同封されていた。


 母さんの方の20通全部が、「実家の味再現レシピ!」と題されたものであり、どれも俺の好物が並んでいる。

 それらを冷蔵庫に磁石で貼り付ける。

 実家が恋しくなったら、このレシピに頼ろう。


 父さんからの便箋を開く。薄い紙が2通入っていた。


 1通目には、家を出る前にもホームにいた時にも何度も聞かされた今後の注意事項がびっしり書いてあり、俺は苦笑まじりに嘆息する。


 2通目にも目を通す。

 そこには俺に対する謝罪の文字が並んでいた。

 一人息子の病気に対して何もできなかったことや、こうして離れ離れで暮らす事になってしまったことに対しての謝罪。

 そして、母さんが俺の病気のせいで色々と限界を感じていて、それを隠し通そうとした父さん自身にも限界が来ており、今こうして手紙を認めたと記されていた。


『俺はハルのことも大好きだが、同じくらい母さんが大好きだ。だからハルが一時的にでもこうやって離れる決断をしてくれたことが嬉しかった。そんな最低な父さんをいつか許して欲してほしい』

 手紙はそう締めくくられていた。


「いつか許すも何もないんだよなぁ」

 俺は脱力して天井を見上げる。


 だって、俺はその苦しみを全部知っていて──そしてそれを知らぬふりして生きてきたのだから。


 ───────────────────────

 ある日の深夜、俺が中々眠りにつけず部屋を出てリビングに行こうとした時、リビングのドアから光が漏れていた。

 なんとはなしに、扉の隙間から中を覗き見る。


 中では両親が会話をしていた。

 初めは普通の会話だったのだが、しばらくすると母さんは肩を振るわせ泣き始める。


「最近あたしっ……辛いのよ……あの子が……きっと今後辛い思いばかりすると思うとっ……」

 父さんは、その言葉を黙って聴いていた。


 その後も母さんは俺の将来を案じて言葉を紡ぎながら泣き続ける。

しまいには俺がこんな大変な思いをし続けるのなら、産んであげるべきではなかったと自分を責め始めた。父さんは「そんな事ない」と繰り返し母さんに、そう告げる。

しかし母さんは首を横に振り続けていた。


 普段、笑顔しか見せない母さんのそんな一面に、俺の心臓は激しく痛んだ。俺は両親に見ていた事を悟られぬようゆっくり自室に戻った。


 自室に戻ると、さっき見た事を“記憶ノート”に纏める。胸の痛みがひどいせいか、字は上手く書けていなかった。


 俺を苦しめる病気は誰のせいでもない。俺でも、母さんでも。もちろん父さんでも。

 その向かう先のない矛先を自分に向けてしまった母親に対して俺は今後どう接すれば良いかわからなかった。


 この日から、俺は両親、特に母さんから少しずつ目を逸らして生きるようになる。


 最初は病気に関して何か話をしようと思ったのだが、かける言葉が見つからずあっという間に数日が過ぎ、その後も何か自分に理由をつけては話をすることを拒み、いつしか直接向き合うことから逃げ続けた。


 しかしその間、全く話をしないわけではなく、学校で起きたことや彼女のことを話していたりはしていたのだ。それを両親は黙って聞き、時に笑って、時に一緒に怒ってくれて。

 それでも一番大事な問題からは目を背け、上部だけの会話で家族の仲を繋ぎ止めた。それが、お互い不幸になることもわかった上で。

 そして、最終的にこの問題の解決を時間に任せた。その結果が今だ。


 だから駅のホームで母さんが俺に対し『ハル……ごめんね……』と言った時、俺は悟った。

 それが『ハル、離れる決断をしてくれてありがとう、ごめんね』だったと。


 今にしてみれば、こうやって親と離れたのは俺の現実逃避が齎したものかもしれない。そう思った。


 だからこそ、俺は母さんも父さんも恨んでなどいないのだ。俺が両親から無償の愛を注がれていたのは分かっていたし、もし仮に嫌われていたのならとっくに世間に放り出されているだろうとも思っていたから。

 問題だったのは自分が両親に向き合う勇気がなかった。それだけなのだ。


 改めて、1通目の今後の注意事項を見直した。

「心配しすぎだよ、父さん」

 父さんの優しさを噛み締めると、文字が涙で濡れる。

「やべっ!」

 俺は急いで紙を拭いたが、インクが伸びただけだった。

 これもいつか謝らなきゃな、そう思い“記憶ノート”にメモして、父さんからの便箋を挟みこむ。


 こうして離れ離れになって、時間ができたので改めて問題解決に向き合う───が、実はすでに自分の中で答えは出ていた。

 病気を治すという直接的な解決方法が望めない以上、俺がやることは一つ。

 それは俺が幸せであること。自分一人でも生きていけること。それを両親に伝え、そして今までの事を謝ること。

 それらを全て“記憶ノート”とスマホのメモ帳に書き留めていく。指針を文字にした事で、やる気が出てきた。


 今日スーパーで貰ってきた求人情報誌を目にする。

「とりあえず、まずは仕事だな」

 明日電話する先を決めると、風呂に入り就寝前の準備を終わらせ、布団に潜り込んだ。


『ごめんなさい、ありがとう二人とも。俺、頑張るよ』

 心の中でそう決意して、目を閉じた。


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