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第1話 記憶喪失


「ハルくん、今日はお尻をぶってくれな……んああっ!不意はずるいぃぃぃっ……」

「勿論しますよ。叩かれるの大好きですもんね」


─────────これはある日の月曜日で。




「ハル兄さんいつもっ、アタシのおっぱいばっか触るけどっ……んあっ!……飽きないのっ?……うーっ、そこはダメェっ……」

「飽きるわけないだろ、こんな最高なのにさっ!」



─────────これはある日の火曜日で。



「ハル様はっ、本当にっ、意地悪な、人間ですねっ、私の弱い、奥ばっかりっ、ああっ!!」

「意地悪なんて心外だなぁ、やめてもいいの?」




───────これはある日の水曜日だった。


さらに木曜日から日曜日まで、俺には一週間全部違う彼女がいて。

そして、それぞれと懇ろの関係だった。

他人は口を揃えてこう言うだろう───爛れていると。


でも、俺たちは純粋に愛し合っていた。

子孫もそうかもしれないけど、それ以外の何か生きた証を残すために本気で。


だって、人は色々と忘れてしまう生き物だから。





─────────────────────



高2の夏休み、俺は突如家で倒れた。

バイトしすぎの過労だったのか、うだるような暑さのせいだったかは覚えていない。


すぐに119で病院に運ばれた俺だが、母の話によると生死の境を10日ほど彷徨ったらしい。

その後、目を醒ますも倒れた直前の記憶がないことから検査入院という形で1月ほど入院した。


外傷もなく、食用も旺盛。むしろ寝たきりで鈍った身体を無理に動かそうとして、ベッドに膝をしたたかぶつけ、大痣を作った。

先生からは『怪我を治すための病院で怪我をするとは何事か』としこたま怒られた。


だから、退院予定日の5日前に先生から深刻な顔で「ハル君の容態について、大事な話があります」と言われた時は驚いたし、今も鮮明に覚えている。


俺は後遺症として「突発性長期全健忘症」という聞いたことのない病気に罹った。

それもそのはずで、まだ全世界に3人しか罹った症例のない非常に稀有な病気なのだ。

今も尚、原因は不明とされている。


病状としては────

『新しいことを記憶することは出来ても過去のことは何かしら忘れていく』

『いつ忘れてもおかしくないが、全く忘れずに生きていけるかもしれない』

『習慣的に行なっている事や身近な事柄すらも突如忘れる可能性は高い。それは自分の名前や家族の名前も』との事だった。


実際今こうして症状の詳細を思い出せているが、少なくとも一回俺は完全に忘れている。


病気の説明を受けた時からつけている“記憶ノート”のおかげでどうにか思い出せた。

しかし現在、“記憶ノート”は既に20冊を超えており、毎日読み返すのは流石に難しいので、特に忘れてはいけない大事なことはスマホのメモ帳に入れている。

これを見返す事で、毎日自分の病気を忘れられずに生きていられる。それと同時に過去の自分への感謝は怠らなかった。



話は逸れたがその後、いろんな手続きを終え俺は無事に退院した。


記憶に関して、家に帰ってきた当初は大事なことだけを毎日読み返せば良いじゃないかと楽観的に捉えていた。


しかし日を追う毎に何かを忘れてしまっているんじゃないかという猜疑心と無くしているかもわからない記憶への喪失感に苛まれ続け、一月後それはピークに達し、俺は自室で暴れた。


母親は「遅すぎた反抗期よ。逆に安心したわ」とこともなげに言い、父親はただただ母親の言葉に同意するように頷いていた。底抜けの愛と申し訳なさから、俺は咽び泣いた。



心の膿を出し切った俺は一念発起し、先生と両親の同意を得て元々通っていた高校に通学するようになった。


流石に自分の病気は皆に伝えることなったのだが、周りは優しい友達ばかりで、何か俺が友人同士のことや学校の事で忘れたとしても咎められることはなかったし、学校側も主に学業面で献身的にサポートしてくれた。


その矢先、俺に初の彼女ができた。

勿論、病気のことを全て知った上で。

今となってはその子の名前も顔も覚えていないが、全てが新鮮でとても幸せだった。

SNSで連絡をとっている時も、一緒に勉強した時も、デートで初めて手を繋いだ時も、お互いの家で身体を重ねた時も。


しかし、付き合い始めてからちょうど一年が経とうとした頃。彼女の家にいた時に些細な事がキッカケで喧嘩が勃発してしまった。その喧嘩はだんだんとヒートアップし、遂に彼女は俺に向かってこう言い放った。


「2日前、付き合い始めて1年だったのにどうして連絡くれなかったの?! ずっと待ってたのに!」


「っ……!」


俺は言葉に窮した。忘れてしまっていたという現実と、喧嘩していたという怒りの感情が綯い交ぜになり、ただ呆然と立ち尽くす他なかった。

彼女は言ってからすぐにしまった、という顔をしていた。おそらく、俺の記憶から記念日が消えていたことは理解してくれていたのだろう。だが理解してもなお、心中で燻り続けた怨嗟の火が、彼女の口を滑らせたのだ。


「ごめん……」

「私も……ごめん……」


何に謝っているのかもわからずただ口から「ごめん」と呟いた。

わからないが、彼女もきっと同じだった。


そこから自分の家にどうやって着いたのかはわからないが、気づいたら自室のベッドにうつ伏せで寝転んでいた。

枕に顔を押し付ける。そして、慟哭した。 


大事なことを忘れていた自分の愚かさに。

こんな身体になってしまった怒りに。

大好きな人を傷つけてしまった現実に。

そして、これから出会うかもしれない大切な人を傷つけてしまう未来に。

その全てに悲観し泣き続けた。


泣き腫らした翌朝、彼女からメッセージアプリに連絡が来ていた。


「昨日はごめんね。私が悪かったの。明日、学校で待ってるから」

少しの改行を挟んで「大好きだよ」と書かれていた。


泣き腫らした目で見えにくい液晶をなんとかタップし返信する。


「俺も大好きだよ。明日会えるのを楽しみにしてるね」


そう返して、俺は────


メッセージアプリを消去し、スマホをそっと机に置く。


それは、初恋を終わらせた瞬間だった。

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