ゴーヤー
未だ距離感を図りかねている野菜がある。
ゴーヤー。
別名、ツルレイシだとかニガウリだとか、地域によって違うらしい。
昔ゴーヤーマンとかいた気がするが、彼は今どこで何をしているのだろう。
それはいいとして、ゴーヤーである。
まず、ゴーヤなのかゴーヤーなのかはっきりさせたい。
私はデータのことをデーターとウン十年表記ミスをしてきた人間なので、ゴーヤーに関しても同様の過ちを犯している可能性は拭いきれない。
だがしかし、おそらくゴーヤーの方が正しいのではないか。
だってあれの覇権は沖縄のものだ。
そして沖縄の方というのは、偏見かもしれないが語尾を伸ばしがちな印象である。
なんくるないさー、とか、ちゅらうみーとか。
ちゅらうみはちがうかもしれない。
つまり、何が言いたいかというと、おそらくゴーヤーはゴーヤーで正解なのであろう。
話を先に進める。
私が何故ゴーヤー(※間違っていたら誤字報告をしてね!)と仲良くなりきれていないかというと、会う頻度の少なさである。
夏にしか無い。
この季節限定食材であるという点。
ピーマンだとか、なすだとかは、夏野菜といえども冷凍食品などで一年中お目にかかる。
だが、ゴーヤーの冷凍などありますか?
見たことありますか?
「冷凍ゴーヤー」とか「ゴーヤーチャンプルー」とかが、冷凍食品コーナーに鎮座しているか。
ないのである。
ゴーヤーはお盆の時期だけ会う親戚のオジサン程度の遭遇率なのだ。
それでは仲良くなりようがない。
というか、むしろあまり親密にし過ぎていると、ご近所様から
「あの人、最近、ずっとゴーヤーと一緒にいるわね? 怪しくない?」
「ね……あんなにずっと一緒に行動するなんて、やっぱり変よね」
とか陰口をたたかれ、噂の種となること限りなしである。
親戚のオジサン程度のサラッとした関係なのである。我々は。
常に一緒にいるというほどではないが、年に一度は必ず顔を合わせるくらいの。
しかし、そうなると問題が発生する。
どうやって、調理すればいいのか。
毎年、同じように悩み、そしてすみやかに忘れてしまうゴーヤーの下処理。
水にさらすとか、酢につけるとか、色々ありそうな感じはする。
文明の利器を使おうと調べてみた。
「コツ」
という文字の後に、
「苦いので、ワタはとりましょう」
と出てきた。
待て、と。
待て待て、と、
それはさすがに分かります。
ワタってあの白いやつでしょう。
ピーマンで言うところの種的なやつでしょう。
ゴーヤーの内部にはふわふわしているまさにワタというべき繊維上の何かが入っているのである。
しかもその中に種が丁寧に包まれており、見た目もちょこんとして大変可愛らしい。
昔、某密林でSDカードを買った際、一辺が15センチ以上あろうという段ボール箱の中に、ラップに包まれた状態でたった一枚入っていた。
あれを思い出す。
過剰包装具合では、ゴーヤーは負けていない。
いや、ワタはいいのだ。
それが食べられ無さそうなことは、さすがに、いくらこの私でもわかるのである。
そうではなく、あの、イボイボしてゴツゴツして、見るからに
「オイラ、苦いッスよ!」
と言わんばかりのあの緑色の可食部をどうにかする方法を知りたいのだ。
苦いのがイイのだが、苦すぎるとイヤダという、我が儘である。
そうだ、我が儘の何が悪い。
私は苦いけど苦くないゴーヤーを食べたいのである。
再度調べてみると興味深いことが分かった。
「切ったゴーヤーに塩をふって30分置いておく」
なるほど。
それっぽい。
「苦みの成分モモルデシンが抜けるので、熱湯をかけるといい」
成分名が気になって後半の熱湯が入ってこない。
モモルデシン?
ピンクレンジャーみたいな感じがして可愛い。
ちょっと萌え系でちょい悪でポップでキッチュな雰囲気がする。
モモルデシン(CV大谷育江)のイメージである。
「塩だけでなく砂糖も入れるといい」
この辺りからだんだんアヤシクなってきたぞ、と思う。
塩に相反する存在が砂糖なのではないか。
じゃあ、もう砂糖だけでいいのではないか。
モモルデシン(CV大谷育江)のせいなのか。
しょっぱいのもあまいのもすきだもん(CV大谷育江)ということなのだろうか。
どうにも解せない。
まあ、とりあえず卵と炒めてみるか……と、毎年何も変わっていない思考回路で考えてみる。
いや、あと一個くらい見て見ようと思って調べると、
「ゴーヤーの苦みは毒ですか」
という質問が出てきた。
待て、と。
待て待て。
毒なわけがあるまい。
そうでなければ何故人間が、我々が英知をもってして、大谷育江をどうにか沈静化させようと画策しているのか。
絶対にこの苦みが体に良いからだ。
そうでなければ話がおかしい。
おそらく、夏の暑さに辟易した先人が、半ば薬のような意味合いで食べ始めたのが最初であろう。
それが脈々と受け継がれて、現代の食卓に並んでいるわけだ。
おわかりになったでしょうか。
そんな気持ちで記事を読んでいると、回答があった。
「苦い、辛い、などの刺激を含んでいる食材は、食べ過ぎると毒となります。もともとその刺激は毒を含んでいるからです」
「有害なアルカロイドを含んでいます」
何故だろう。
何故、人間はゴーヤーを食べようと思ったのだろう。
そして、何故今も食べ続けているのだろう。
夏にしか一度しか会わない親戚のオジサンと、どうして未だに繋がりを持とうとするのだろう。
世界の真実はまだ私には難しい。
そして後日、
「ゴーヤーのワタは味噌汁や天ぷらにも使える万能の食材!」
だと知り、私はいよいよ世界の真実が分からなくなったのであった。
チャンプルーは美味しかったです。