ピーマン
我が家には子鬼がいる。
2匹いる。
どちらも雄である。
彼らは突如、我が家にやってきた。
先に一匹、間を置いてまた一匹。
私は少し大きな子鬼をアニと呼び、小さめの子鬼をジロと呼んだ。
これは彼らが我が家にきて間もない頃だ。
アニは5年目、ジロは3年目の頃だった。
私はよかれと思ってアニにゲーム機を与えたが反応はいまいちだった。
アニは将棋が好きで、和菓子が好きな子鬼に育った。
そして、ジロは踊りが好きで、クリームが好きだった。
ジロも将棋にはまったが、私の方面の味方を全て歩兵のみにした状態でたたき伏せるゲームとして愉しんでいた。
なぜ彼らが将棋を好むようになったのか私も分からない。
引き寄せるものがあるのかもしれない。
どちらかというと、雌の子鬼にモテる趣味などに傾倒して欲しい。
玉蹴りなどいかがだろうかと勧めてはみたものの、結果は振るわずであった。
三手詰めを解きゲラゲラ笑う姿を見ていると、何がおもしろいのか分からずどうかなってしまったのではないかと心配になる。
ちなみに私は将棋は打てない。
そう言うと、
「将棋は打たないの。指せないというのが正しいんだよ」
とアニは訂正した。
彼に日本語を訂正されると、何というわけではないが漠然と悔しい。
私の方が日本歴は長いのに。
アニは図鑑を良く読んでいる。
「これに決めた!」
台所にいた私のところに子鬼はやってきて宣言する。
そしておもむろに冷蔵庫にはってあったマグネットをはがした。
「宝探しをやる!」
唐突である。
「どうやってやるの」
「ふふん。磁石のせいしつだよ」
私が習った性質と違うが、まあいいだろう。
レアメタルに反応するならば、私だって巨大で強力な磁石が欲しい。
金持ちになったら近くのスーパーを買収して、一生パリパリ鶏皮を買って食べたい。
「じゃあ、たからの地図をかくね!」
と、子鬼は机に向かった。
東方の島国の片隅の、何の変哲も無い我が家にあるらしい宝物を想像しつつ、私は夕飯の小松菜を洗う。
洗濯物もたまっているし、やることはいろいろあるのである。
「見て」
と、ジロがやってくる。
「ひこうき」
ブロックで造った飛行機だ。
ちなみにジロが造ったものではなく、アニの作品である。これは1ブロックでも外れて壊れたら即刻戦争が始まる、罪作りな飛行機である。
「ひこうきだね。すごいね」
と認めると彼は満足して去って行く。
グワシャンッという音が聞こえたが聞こえないふりをする。
戦争の火種がなかったことになればいい。
小松菜はまだ切れていない。
私が包丁を出そうとしたところ、再びアニがやってくる。
「今日の夕飯のメニューを決めました」
唐突過ぎる。
「はい」
と一応認めてみる。
なにやら紙が出てきた。
元号の発表を思い出す。どうでもいいがあの頃は令和18年だとR18になるといって騒いだものである。
「きょうのメニューです」
発表されたので紙を見る。
「あすぱらの にもの」
まあ、分からなくも無い。
アスパラガスを煮たことはないが、煮て美味くならないものはこの世には存在しないので、許容範囲だ。
「そして」
「はい」
「とまと と ぴーまんの なま」
なま。
「すみません、これはどういうことですか」
と子鬼に尋ねてみる。
「なまだよ」
なぜそのようなことも分からないのだろうか、という目で見られる。
「そのままってこと?」
「切ります」
まるかじりとは趣が違うらしい。
サラダ的なことであろうか。
私は挙手する。
「一つ質問なのですが」
「はい」
「ピーマンは生で食べられるのでしょうか」
「んー。そうだね、しらない」
知らないものをよくメニューにできたな、と思う。
「アレクサ! ぴーまんはなまでたべられる?」
子鬼は現代社会に適合しているので、我が家のアレクサと友人になっている。
丸い機械がぴかぴかと光り、子鬼になにやら言う。
しかし小松菜を切っている私には聞こえない。
「たべられるって!」
と子鬼が言う。
本当だろうか。
一抹の不安がよぎる。
「アレクサが言ったの?」
「うん」
「本当?」
「うん」
「食べられるって?」
「うん」
「ピーマンだよ?」
「うん。なまでたべられるって言った」
「あなたじゃなくてアレクサが言ったのね?」
「うん」
「本当に生で食べられるの?」
「言ったよ」
「生って生のことよ?」
ベテランの刑事でもここまで疑わないのではないかと思うが、重要なことなので聞き取りには念を入れる。
私は結局カットした小松菜を冷蔵庫にしまった。
そして、この世の誰もが到達したことのない未知の領域『トマトとピーマンのなま』づくりに取りかかることにしたのであった。