05 兄と妹は似る、どちらも変態である
唐突だが、汐留瀧と汐留美波は良く似ている。何が似ているかというと、それはそう、変態性である。変態の方向性が似ているのだ。
そりゃ当たり前といえば当たり前なのだが。
だって僕と美波は兄妹なのだから。
「ただいまー……」
汐留家は核家族であり──両親と、僕と美波の4人で二階建て一軒家に住んでいる。
広さはまあ、そこそこ。
田舎なので超大金を払わなくても、良い場所を買えたとかなんとか父親から聞いたことがある。
とはいえ父親はローンを組んでいるので、母親と共働きで頑張ってくれている。
夜遅くまで帰ってこない。
だから必然的に、僕のこと帰宅チャイムに返答してくれるのは、
「おかえりなさいマゼマゼ!」
学校で僕を気まずい空気にさせた張本人しか居ないのである。
汐留美波。
「……元気だな、妹」
「それに対して元気なさそーですね。痴漢失敗したの? お兄ちゃん」
「失敗してねーよ!」
「じゃあ痴漢はしようとしたの?」
「しようとしてねーよ!」
「じゃあその疲れはナニナニ?」
金髪ツインテールの低身長JC少女、彼女こそが汐留美波。僕の妹である。
電話では裸エプロンなんて戯言を吐いてたけれど、今は普通の白い体操服にブルマ姿だった。
うん。
通常営業!
平常運転だ。
「ちょっと走っただけさ、久しぶりに」
グイグイと近付き、体を押し付けてこられる。妹といえど距離感が近い。
つっても、いくら妹に発情する僕じゃない。
だからこのスキンシップはうざったいだけであるのだが。
「走った!? 怪我は大丈夫ナノ!?」
「オーバーリアクション過ぎるよ……大丈夫だって。ずっと前の話だし」
「ふーん。ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん」
伸ばし棒で45文字。
長えよ。
文字数稼ぎにしても下手が過ぎる。
「なにさ」
「何でもなーい」
そこまで溜められたんだ。教えてくれなきゃもどかしいってのに。
教えてくれない妹は中々に意地悪だ。
こんな妹になるように教育した覚えはないぞ。
「取り敢えずご飯にしよーよお兄ちゃん。帰ってくるのが遅かったから、ただでさえ特製オムライスが冷めちゃっているニノ」
「ニノ? アイドルの?」
「ごめん、ノニだった!」
どんな間違えだよ!
僕はそうツッコむ。これもまた汐留家の平常運転であった。
◇
一階のリビング──ダイニングテーブルに制服姿のまま座る。それに対して妹は……ブルマ姿のまま、キッチンからオムライスを運んできた。
平常運転に変わりはないけど、なんだろう、冬なのに寒くないのかなって思う。
「はいはーい、ご飯ですよー」
「相変わらず妹のつくる料理は美味しそうだな」
「でしょ! これで毒が入ってなかったら完璧なんだけどねーネー」
「毒入ってるのかよ!」
「ジョークだよ。シスタージョーク」
「笑えねえ冗談……」
ガチで。
実際にそうやって殺された人もいるだろうし。
「ともかく、いただこ! 冷めちゃうよ!」
「……まあそうだな。いただきます」
「いただきマッスル!」
そんなわけで二人分のオムライスが食卓に並ぶ。僕のオムライスにはケチャップで『ざーこ♡』と書かれていた。
また変な言葉覚えたなコイツ。
どうせネットで見たんだろう。
今の時代は恐ろしいよな、ほんと。
子供が使うべきじゃない言葉を、平気で言葉に触れられるのだから。
と、考える十七歳の自分もまた子供だが。
「にしても妹よ」
「何かねお兄ちゃん」
オムライスを食べ、美味しいとリアクションしてから、ついに聞く。
「お前のそのブルマ姿、どうしたのさ」
「ぁあこれ? ダメだったかなあ。お兄ちゃんの趣味に合わせたつもりだったけど」
「…………」
屈託のない笑顔で兄を見る妹。
ブルマ姿という以外ならば実に健全である。
「なら記憶違いだよ妹。僕はブルマ趣味じゃない」
別にブルマが不健全だとは思ってないけどさ。
「えー、私は昔聞いた気がするんだけどなあ。将来はブルマと結婚するって」
「それはベジータだろ」
「あれれぇ?」
「何さ」
「あ、そうだった。忘れてた! お兄ちゃんは変態だもんね! ブルマだけを愛すとか、そんな不平等なことしないヨネヨネ!」
女の子らしくなく、まるでうちの幼馴染みたいに食事にがっつく美波。可愛いんだけどな……よく言うあれだ、性格が台無しにしてるってやつ。
ついでに、そのファッションセンスも。
「ついでに言うと、ハーレム系主人公でもないぞ僕は!」
「──そうだっけ? タグに付いてた気がするけど……ともかくね、そうだったね。お兄ちゃんはただの変態キャラだもんね!」
「お前にだけは言われたくないな」
「え? なんヨデ」
「よで?」
「なんでよ」
口を尖らす妹に告げる。
「だってブルマを着てるのも、料理中に裸エプロンしてたのも──全然僕の趣味じゃないし、美波のだろ? 家でとはいえ、ブルマ姿でずっといるのは変態以外の何者でもねーよ」
「は? カッチーン! ハングリー精神でアングリーだよっ!!」
急に立ち上がる妹。
もしかして逆鱗に触れちまったのか?
「食事中に席を立つのはマナー違反だぜ」
「うっさい! 私は私のままで行くの!」
「別にそんな事は言ってないだろ!」
「スパッツ派のお兄ちゃんとは違って、私はブルマ派なの!!」
知らねえよ!
「……ちなみに、裸エプロンはどうなんだ?」
「ただの露出趣味だよ!」
「家の中じゃ露出って言わないだろ!」
何言ってんだこの妹は──つーか待て、もしや僕が見ていないところで……。
「何で私が、外じゃ裸エプロンをしていないと思ったの?」
「まさか!」
「恥ずかしいので外では普通に服着てます。てへぺろ」
「ぐわあぁぁぁあ!!」
こんな感じで適当に話していると、オムライスを食べ終わってしまう。
汐留家の夕飯は早い。
「ともかく、家で裸エプロンしてても、それは変態だよ。露出趣味でなくともな」
「ぐぬぬぅ」
「あともうひとつ言っておく。僕は変態じゃねぇ」
「じゃあ……お兄ちゃんが読んでた、この本は健全なんだね? お父さんにオススメしてみるよ」
「ん?」
ふと、美波は机の下から雑誌を取り出した。見覚えのある雑誌、表紙、おい待て、それって……。
「激写。今世紀最強のスパッツ写真集」
「待て待て待て待て───!?」
「うははは、お兄ちゃんの部屋で遊んでたら見つけちゃったんだよねー」
このクソ妹はニヤニヤと嬉しそうに、そして腹を抱えて爆笑する。
くそ!!
「……じゃあ逆に」
反撃してやる!
「お前がバニー姿を自室で、恥ずかしそうに恐る恐るコスプレってたのを、お母さんにバラすぞ!」
「は、は、はぁぁあああ!!!!」
今度は汐留美波が──顔を赤らめて、絶叫する。もし両親がいたら、それこそ地獄絵図になっているだろう。
でも居ないので、たらればは成立しない。
「こ、この変態お兄ちゃんが──なに勝手に覗いてるよ!!」
ビンタされる。
思いっきり全力で。
あれ、デジャヴ……。
「お、お前だって……僕の部屋に勝手に入ったじゃんか」
「うるさいうるさいうるさーい! 私はお兄ちゃんにハングリー精神でアングリーだよ!!」
こんな感じで、馬鹿げた内容のない雑談が繰り返される。それが汐留家の日常であった。
僕は口ではああは言ってたけど……側から見れば変態的だよな。
妹もそうである。方向性もそうだ。
僕はスパッツが好きで、アイツはブルマが好き。まるで対照的で、全く違うやつに思えるが実際の属性はかなり似ている。
だからそう、僕は冒頭のように結論づけたのだ。
やっぱり兄と妹は似るのだろう。と。
そして、
"兄と妹は似る、どちらも変態である"。と。
……いや、自分でも思うけど。
すっげぇオチだよな。
すっげぇ兄妹だなあと、思います。