04 用事って?
そんな経緯があって今の放課後に至る、そんな訳だった。僕は絢辻ちゃんに別れの言葉を言ってから、幼馴染についていくことにした。
二人で廊下を歩く。
目的地は分からない。
「もう荒木田先生には言ったのか?」
「なんて?」
「復帰しますって、普通言うだろ。というかアレか。辞めてるから、もう一回入部届を出さなきゃいけねーのか」
荒木田は陸上部の顧問である。
「いやまだ、だけども」
「……おいおい、やる気あるのか? あ?」
「あるよ。だって舞のスパッツ──を」
「あ?」
本気で睨まれる。
やべえ!
「いや、幼馴染で可愛い橋本舞さんと付き合うためなんだから。やる気はありまくりに決まってる」
「やりまくり?」
「あのな、ここは一応学校なんだから……そんな卑猥な事を言っちゃいけません!」
「あのな? 学校でスパッツを嗅がせてとか頼んでいる奴が言えるセリフじゃねーよ。それ」
「……あぅ」
何も言い返せない。
論破されてしまった。この幼馴染、実は論破王とかじゃないよな? 変な黄色い服を着てパソコンに向かって喋っている、おじさんじゃないよな?
「まぁタッキーが変態なのは正直、元からだったしな。今更驚く事じゃねーけどよ」
「そうなのかよ」
「そうだろ? 変態スパコン犯罪者予備軍って」
「スパコン──?」
スーパーコンピュータのこと?
『京』とか『富岳』ってやつのことかい?
「スパッツコンプレックスの略だよ」
「なんだそれ!? 初めて聞いた! ……身に覚えはあるけど、つーか馬鹿にしてるだろ!?」
「はあ。なら、スパティションコンフロント」
「え?」
なんだって?
残念ながら僕は英語が苦手なんだ。最もそれを言い出すと、得意な教科なんて無いって結論に落ち着いちゃうのだけれど……。
「迷信という意味のスパティションに、直面するのコンフロント」
「えーっと、つまり?」
分からん。
そんな愚脳を持つ自分に対し、特に何の感情も見せないような形で舞は、立ち止まって言った。
「汐留渚はスパッツ大好き教の狂信者ってこと」
どうやら、目的地に着いたらしい。
そこはよく見慣れた場所だった。
そう、昨日も訪れな高校のグラウンドである。今日は昨日に続き、酷く晴れていた。
まだ空は明るい。
雲ひとつない晴天であった。
◇
「用事とは聞いていたけど、なぜにグラウンドなんだ?」
「タッキー。最近、なんかのタイミングでもいいから……本気で走った覚えはあるか」
「いや、ないけど」
彼女の質問に即答する。
「なら良し。ちょうどいい」
校舎を出てグラウンドの端に設置されているベンチに、教科書やらスマホや財布が入ったカバンを置いた。
舞も同様である。
「丁度いい……ねえ」
「まさかちょっとの練習も無しで、本番に挑もうって魂胆じゃねぇだろ?」
「まさか。家の庭で少しぐらいは走ろうと思ってたさ」
流石に何もせず勝てる相手ではない。
橋本舞。ボーイッシュな幼馴染は、中距離では県大会2位の実績を持つ凄腕少女だ。
たとえ僕が最強系キャラだったとしても(あくまでも例えだが)、ブランクがあれば負けてしまうだろうさ。
それぐらいに、この少女は俊足である。
また神速でもある。
「ふーん。嘘か?」
「うん」
でも、心のどこかでは『いけるんじゃないか』という気がして……うん、家で練習しようなんてプランは建てていなかった。
「じゃあ、本当に良かったな」
さっきのは、ぽっと出の嘘。
「何がさ」
「私が今日、タッキーを呼んだのは──練習試合をするためなのさ」
「あぁ、なるほどね」
どうやら、そうらしい。
練習試合か。
言葉はキツかったりすることもあるけれど……なんだかんだやっぱり優しいな、こいつ。
「ほら、私と──現時点での実力差がわかるだろ? 本番はタッキーが陸上部に正式にもう一度入ってからだが」
荷物を置いた彼女は素早く、脚や腕のストレッチを始める。何もせずに運動を始めると怪我をする、それは周知のことだが──僕はそーいうの、適当にこなすタイプだったんだよな……。
だから怪我しちまったのかもしれないが。
必要な時に、失敗しちゃったのかもしれないけど。
「なるほどなるほど、完璧にパーフェクトだ」
「あ? なにそれ」
「今から僕の口癖にして、流行らせようと思った言葉」
「──口癖ってそういうもんなのか?」
さあな。
「舞」
「ん?」
「でも良いのか? 練習相手になってくれちゃってさ」
「別に構わねえー。なんたって私は橋本舞だからな! ゴール前20mで盛大にコケなければ、県大会優勝確実だったんだからな!」
……あ、そういえばそんなエピソードあったな。
彼女は決して県大会一位の相手に速さという点で劣っている訳じゃないと。
ただ気を抜きすぎて最後の最後でコケて、接戦だった相手に追い抜かれたのだっけ?
今となっては笑い話だが、当時は相当にへこんでいた。
そりゃ当然だけど。
「じゃ、やるか」
「おうよ。タッキー、怪我には気をつけろよ?」
「言われなくても」
口角を上げて闘争心剥き出しで、僕を見る幼馴染。コッチはこっちで、久しぶりに走るので気持ちが昂ってきた。
「じゃ、一戦交えよう。100m──つまり、ここのグラウンド半周分だ」
「それだって言われなくても分かってる。一年の頃、どれだけ走ったと思っているのさ」
「……それもそーだな」
そんな訳で僕たちは制服姿で全力疾走することになるのだった。
◇
結果は僕のボロ負け。
一秒差もつけられてしまった。かなり悔しいが、ブランクがあるとはいえ……頑張って食いついた方だとは思う。
そんなわけでテンションダダ下がりで、ベンチに置いてある鞄を持ち上げた時、
「あれ?」
「どーした、タッキー」
「電話来てる」
鞄の中にぶち込んでいたスマホが振動しているのに気がついた。取り出してみると、『妹ちゃんねる』から、と表示されていて。
うーん。
出なくて良いかと一瞬思いながらも、可哀想なので通話に出た。
だが、その選択はすぐに後悔することになる。
なんたって、
『あ、お兄ちゃん! もう夕飯できてるよ! 今日は私が裸エプロンで作ったオムライスです! ……えへへ、早く帰ってきてね!』
開口一番に、そんなことを電話越しながらも大きな声で言われてしまったのだから。
「え? これ妹ちゃん?」
即座に通話を切るものの、手遅れ感は拭えない。
「え、ぁあ、う、うん」
それからこの場では、かなり気まずい空気が流れることになる。
……あ、あのブラコン変態妹があああ!!
「あー……やっぱ、兄妹って似るんだなあ」
最後には、この幼馴染にそんな発言をされてしまう始末であった。