02 絢辻結衣
まさか、そこで話が終わったと思っていた手前──僕は実際にそこから先を語るつもりはなかったのだが。
本来ならば汐留瀧の特殊性癖と、赤裸々な所をお見せして終わるところだったのだが。
しかし始まってしまった以上、そこから先について話し始める必要があるだろう。
つっても堅苦しくはしない。
自由に喋らせてもらう。
ここから先は、変態先輩……ではないが、残念ながら間違いなく変態な汐留瀧の──独壇場なのだから。
「あの、どうしたんですかあ。タッキー」
「どうしたって?」
「左頬が物凄い腫れてますけど」
「あぁ、これは。ちょっと訳アリでね──」
あれから一日しか経過していない。
次の日の話だった。
十二月十二日、火曜日の放課後。気怠い6限目の言語文化を終えて……自身の席でボーッとしていた時。
隣の席の彼女が話しかけてきた。
幼馴染こと橋本舞……ではなく、彼女とは対照的な、のほほん系少女『絢辻結衣』である。
誰にでも優しく接してくれる温厚な性格(大体は)をしている彼女だが、実は女子バレー部の主将を務めていて、真剣なプレーをチラ見した時はもうギャップ萌えである。
陸上女子もアリだけど、バレー女子もいいよな。
因みに絢辻はバレー部ながらも、ストレートのロングヘアでしかもピンク色というのだから凄い。
「訳アリ」
「そう、話せないけどね」
幼馴染にスパッツ嗅がせてくれと頼んだ挙句、ビンタされてできた傷だなんて口が裂けても言えねえよ。
「も、もしかして犯罪関係?」
「…………」
どう答えようか迷うな。
答えないという選択肢も、実に魅力的だが。
しかし考えている間に『沈黙が答え』と悟った如く、綾辻ちゃんが体を引いて言う。
「あ。そ、そうですかー」
「え? ちょっと待って。僕はどう答えようか迷っていただけで、決して話せないような内容じゃなくてだな!」
ガチの嘘である。
「タッキーが電車で痴漢をしてJKにビンタされたなんて」
「全然……うーん、違うわ! つーか僕は電車なんか使わず自転車登校だよ!」
汐留瀧の住む家の近くに駅がないだけの話。
「あれえ」
「何もおかしくないからな?」
「タッキーは変態高校生ってのは、川端康成がノーベル文学賞を取っていることと同じぐらい有名なはずなんだけどなあ」
そんなことある!?
……いや、ないだろ!
「それはない」
「実に冷静だねえ」
「いつでも僕は冷静さ。とカッコつけたいところだけど、冷静に見えて心の中ではもうはちゃめちゃだよ」
「そうには見えないけどなあ、女の子を5000人たぶらかしたとかいうタッキーは私と話した程度じゃ焦らないでしょぉ」
自分の唇に指を当てて、そんな虚言を吐くのほほん系少女───いやはや、訂正させてもらいたい。
絢辻結衣は全くのほほん系なんかじゃねぇ、と!
「たぶらかしてない」
僕はそんなプレイボーイじゃないし、そもそもんなモテねぇよ。皮肉か?
「えぇ〜意外だなあ〜」
「心にも無いこと言うなよ!」
「じゃあ直すね」
「その心は?」
「確実なはずだったんだけどなあ」
うーん。
首を傾げてしまう。
「……」
やはり直さない方がよかったかもしれないな。
悪質性が増した気がする。
ニヤニヤと、口角を上げてシニカルに笑う絢辻ちゃん。
すげぇ嫌な感じ!
「ん?」
まさしくその時、であった。
「よう、楽しそうだなあ。お前ら」
スライドドア。
教室の扉に寄りかかりながら、腕を組んでいる一人の少女が視界に映る。
勿論、それは絢辻ちゃんではない。
そんな訳がなかった。
だって相手は分かりきっている。
「舞……」
「橋本さあんじゃないですかあ」
幼馴染。
橋本舞は真剣な眼差しでコッチを見ている。いや、汐留瀧を見つめている。
「私に何のようですかあ」
「絢辻に用があるわけじゃない。私の用事ってのは、そこの幼馴染にだ」
指で差される。
一応ここで言っておくが、彼女と僕は違うクラスだ。
「僕にかよ」
まるで昨日とは逆だな。
言いかけて、止める。この場には絢辻ちゃんもいるのだ。あの話を口走って詮索なんかされたりしたら、たまったもんじゃない。
「それ以外あるのか? 昨日も言ったはずだろ?」
「まぁそうだが……」
心なしか。
いや、確実に彼女の口調が以前よりも厳しくなっている。まあ、当たり前か。
「つーわけでだ」
タイミングを見計らっていたのか、そう締め括りを開始してから、ズカズカと教室内に入ってきて……それから僕の首根っこをガッチリと掴む彼女。
抵抗すれば解けるだろうが、そんな野暮な真似はしない。
だって、
用事は分かっている。
昨日、あの後、話したのだから。
───僕がお願いして拒否されて、ビンタされたその後に。
告白したその後に。
「じゃいくぞ」
……まさか、舞の方から来るとは思っていなかったけどね。