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12 スパッツ

 

 二年生というのもあっという間だった気がする。


 この語り口だと今に──僕たちは三年生になるように誤解されてしまうかもしれないけれど。

 でも、言いたい。

 あっという間だったなあ、と。


 金曜日。

 十二月二十二日。


 今日は桜が梅高校の二学期終業式だった。


「えー……生徒の皆さんは冬休みを楽しみにしていると思いますが、君たちの仕事は勉強です。たまには息抜きも大事ですが、休みだからといって気を抜かないように──」


 正直、聞く意味のない(僕が勝手に決めつけてるだけ)校長や教頭、生徒指導部の先生の話を聞き流して……適当に式を終わらせる。


 真面目な生徒ならそんなことしないのだろうが、僕は真面目キャラじゃないし、良いのである。


 まあ、不真面目キャラって柄でもないけどね。


「おい、タッキー」


「なにさ」


 式が終わり、午後を迎える前に下校となった。早速、教室を出ていくクラスメイトが大半──まあ冬休みだ。これから皆んな友達と遊ぶのだろう。

 良いなあ……。

 待て待て、そんな変なこと考えるな。


 そして。


 そんな変なことを考える自分に話しかけてきていたのは、幼馴染の橋本舞である。

 彼女とはクラスが違う。

 しかし下校時間になった途端、走ってこの教室にやってきた。


「決まったのか」


「なにさ」


 元気なやつめ。

 彼女は制服姿のまま身を乗り出して、今にも僕を押し倒してきそうだ。

 やれやれ。

 汐留瀧の周りにはどうしてこうも、スキンシップ好きの人ばかり集まるんだろう?


「デートスポットだよ。私は別にまだ付き合ってねえし……複雑だけど。でも今更断っちゃ絢辻さんに悪いし」


「ふうん、舞にも人を気遣う気持ちってあったんだね」


「あるわボケ。私を何だと思ってる」


 隣の席を一瞥する。

 言うまでもない。僕と舞と一緒にデートして競うとか言い出した張本人『絢辻結衣』の席だ。

 彼女は式が終わると同時に「予定について決まったら、メールで教えてね!」とだけ残して、猛ダッシュで帰宅してしまった。


「ともかくだよ、決まったのかよ?」


「一応ね。舞は運動好きだろ?」


「そりゃあな。じゃなきゃ陸上部になんか入ってねーつーの。つーか、小学生の頃はよく外で一緒に遊んでただろ」


「ああ、じゃあお気に召してくれそうで良かった」


 妹の勘は当たっているらしい。

 スマホを取り出して、あるサイトを写した画面を舞に見せる。


「これは……?」


「ちょっと遠くにあるショッピングモールさ。そこで運営されている室内アミューズメントパークがあるんだよ」


「へえ。バレーにバスケ、ゴーカート、eスポーツ……カラオケ、か」


 他にも諸々。

 言い切れないほど沢山の事で遊べる。少なくとも一日じゃ遊び尽くすことは不可能だろう。


「行ったことある?」


「無い。でも、良いね。タッキーにしてはナイスチョイスだ」


「僕にしては……って。まあ、あざす」


「しっかし絢辻さんの方は大丈夫なのか」


「運動面なら安心してほしい。のほほん系な彼女だが、でもバレー部の主将だし」


 あくまでも、元だが。

 でも僕は絢辻ちゃんがバレーをしている姿を何度も見てきたことがある。

 キレッキレのレシーブ。

 綺麗に勢いを殺し、ボールを高く上げる。

 彼女は間違いなく運動神経抜群だ。

 本気を出せば、舞にも劣らないぐらいに。


 だから、そこら辺は気にしなくても大丈夫だろう。


「逆に僕が足を引っ張りそうで心配だよ」


「ははっ、そりゃそーだな!」


「……」


「ははははははははっ!!!」


 めちゃくちゃ笑うじゃん。

 ちょっと複雑だ。


「ともかく、場所はここで決まりかな。日にちは別にいつでも良いけどね、部活がない日なら」


 嬉しいことに僕たち三人は現在、全員が陸上部である。だから暇な時は必然的に被る。

 同じ部活なんだから。


「まあ、そこら辺にもタッキーに任せる。私が変に介入したらごっちゃになりそうだしな!」


 ごもっともで。


「じゃあ日時も僕が決めさせてもらうとして……あとは……」


「おい。汐留、話がある」


「え?」


 その時だった。

 不意をつかれたわけではない。

 そもそも、そんな少年バトル漫画みたいな表現は相応しくない。

 だから、ただ。

 僕は不意に呼ばれた。


 二人だけの空間の闖入者ちんにゅうしゃ


 その声を僕は知っている。


「荒木田先生だ」


 教室の扉を見ると、後ろに寄りかかるスーツ姿の女性が瞳に映った。

 ウルフカットで黙っていれば月下美人。

 話始めれば結果媚人。


 荒木田浜地。

 陸上部の顧問にして、僕の変態性を磨いた恩師でもある。


 席から立ち上がり、改めて先生を見る。


「……?」


 しかしその表情は真面目。

 いつもとは様相が違った。


 何の用だろう。まさかセクハラで退学処分とかじゃねぇよな?


「悪い。行かないといけなくなった。話の続きはメールでするから」


「あー、了解。じゃあなタッキー。ケン◯ッキー」


「ああ、じゃあな。後、その語尾は色々と怒られるからやめろ」



 ◇



 付いてこいと言われたので、彼女の跡をついていく。階段を登り上へ。

 因みに職員室は一番下の階にある。


 ……職員室と言われたはずなんだがな。


「どうしたんですか先生。こんな風情ある場所に呼び出して」


 ある地点に到着して荒木田先生は歩みを止めた。

 到着した先は、高校の屋上であった。


 普段は立ち入り禁止となっている場所であるため、入ったことはない。

 なので勿論、他の生徒はいない。

 先生もいない。

 部外者はゼロ。


「言ったはずだろ、汐留。お前に用があるって」


「まあ、言ってましたが──」


 踵を返すように、コッチへ振り返る。


 空は青い。

 快晴も快晴だ。最近は晴れが多いなと思いつつ、しかし遠くには雲が見えた。

 風は吹き、僕たちの髪を靡かせる。


「まず最初に言わなければならないよな」


「なに……なんですか」


 さっきまで舞と話していたので、そのテンションで『なにさ』と口走りそうになった。

 危ねえ。


「──陸上部に戻ってきてくれて、ありがとう」


 顧問は言う。

 本当に真摯な眼差しで。


 どうやら……今日は本当に真面目モードらしい。変態要素は抜きで。

 ならばそれ相応の態度を僕も取る必要があるだろう。


「感謝されるまでもないですけどね」


「でも感謝しなきゃいけないだろう。陸上部はただでさえ人が少なくて、そこからお前やら他のメンバーが抜けて……廃部寸前になってたんだ」


 でも"改めて汐留が入り、更に新しいマネージャーを入部させるように促しに動いたりしてくれたおかげで"、その心配は無くなった。


 と、先生は語る。


 まさかそんな、僕がんな知略家みてーな事出来るわけないのに。


「ただの偶然ですよ」


「そうか、ならもっと凄いぞ。無意識で私たち陸上部を復興させたのだからな」


 僕を含めたった二人の新入部員。

 されど二人、か。


「まぁそれが偶然だとしても……他に。わざわざ回りくどいやり方をして幼馴染の『橋本舞』を救おうとしている、それは意図的だろ?」


「というと」


「お前なら知っているはずだ。汐留瀧が部活を辞めてから、橋本が気を病んでいた……その事をな」


 それこそ自殺を考えるほどに。

 と、先生は補足する。


「気を病んでいた。お前が部活を辞めた。辛い。死にたい。あの男勝りな性格の中に潜んでいるのは、誰よりも敏感な乙女心──それを幼馴染のお前なら理解しているはずだ。知ってたはずだ。だからこそ慰めるためにもう一度、部活に入ってくれたんだろ?」


「……先生」


 先生に言いたい。


「アイツは確かに心の中に闇を抱えていて、それを見せないために勝気な性格を演じている。そんなのは確かに、当然、僕は知っていますよ」


 でも。


「でも、何が言いたいんですか」


 こんな真面目な話をするのは柄じゃねぇってのに、結論が見えない。


「私は──どこまでも心配してるんだよ。うちの生徒のことを。そして同じぐらい部活やみんなのことを気にかけてくれる汐留、お前のことも」


「普段は軽口を言ってるが、それは怪我で未練たらたらで引退したお前のことを気にしているからこそ……」


「気を遣っていってて、もちろん本心もあるけどな」


「大丈夫なのか?」


 ズカズカと先生は続けていく。

 やはり結論は見えない。


「つまり……みんなの事を心配していて、僕のことも心配してくれていると」


 結論。


「ああ。だから此処にわざわざお前を呼んだのは、陸上部からの感謝と……心配の声をかけたくて」


 心配か。


「僕にはもちろん、舞についても心配いらないですよ」


 申し訳なさそうな表情を見せる恩師に、僕は言った。


「本当か……? お前が陸上に対するやる気を失い、怪我を引き起こした……あの事だって、まだ解決してないってのに」


「ええ、もちろん。大丈夫ですよ」


 たとえ幼馴染がどれだけ漢気があろうとも。

 その漢気が実は偽物で、"本当は本当にか弱い"だとしても。


「最高の幼馴染一人ぐらい──冴えない僕でも、ハッピーエンド送りには出来きますから」


 つーか、余計な事は筋違いだ。


「それに、この件について小難しく僕は考えるつもりありません。過ぎた事ですし、それに……今に精一杯だ」


 スパッツが見たいという欲求は醜いが本心だし。そんな本心で再び陸上に対する熱が入れば、そりゃあ良いし。

 それが結果的に幼馴染を救うのなら、なおさらだ。


 まあ、なるようになる。

 ガムシャラに進めばね。


「今の僕は前とは違います。陸上に対する熱はあります、──どこまでも」


「ははっ、なら良いけどさ……」


 そんな訳でこの僕と先生の密会は終わる。

 実に締まらない終わり方で、しかも大して見どころはなかったかもしれないが、意味はあった。

 意思の再確認という形で。


 橋本舞。

 さっき先生の口から出たように、彼女はただの──幼馴染の漢気少女ではない。

 色々あって、今も色々抱えている少女なのだ。


 だから、スパッツを通して僕は──彼女を助けるために奮闘しているわけなのである。


 余談だが『スパッツ』というのは土木用語としても存在しており、建設現場におけるダンプカーのタイヤに付着した泥を落とす装置の名称だそうだ。


 つまり、そういうことである。




 これはスパッツを使い──、橋本舞に付いた問題どろを落とす。

 これは、それまでの物語なのである。




 って、言葉遊びはさておき。

 単純に幼馴染の、陸上女子のスパッツが見てえってのは本心なんだよな!



毎日二、三話更新したいところですが……作者が高校一年生でしかも絶賛テスト期間(テストまであと一週間もない)なので、ゆっくりめの投稿になります……。


楽しみにして待っててください!

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