第7話 不幸の檻の中で
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そこからの僕の行動は早かった。
僕の結論は早々に出ていたからだ。
「僕に死ぬ勇気はないので生き続けなければならない」
この頃の僕にとって命を繋げることは、MUSTであり決してWANTなどではなかった。
「僕を愛してくれている人たちを、家族を不幸にしないために僕は、生きなければならない」
その責任を果たさなければならない。
余談ではあるが、僕は新卒で就職してからブラック企業で馬車馬のように働き続けることになるのだが、生まれ持ったこの責任感の強さが由来して違和感を感じなかったのかもしれない。
話は戻るが、僕は生きなければならなかった。
それも家族に心配をかけないために目に見えて楽しんでいるとわかるようにが理想的だった。
そして僕は幼少期からピアノをやっており、中学になったらギターを始めたり、音楽というものを聴くのもするのも好きだった。
これは僕にとって「幸」運だった。
学校に意識がいかないように、生きる目的を外に持とう。
僕の人生は学校ではなく外のためにある。
人生は天秤だ。最終的にはバランスの取れたフラットな状態になる。
人間万事塞翁が馬や。人生楽ありゃ苦もあるさや、帳尻が合うといった言葉があるように。
学校が不幸であればあるだけ、外を光り輝かせることができるはずだ。
そんなことまで考えていたわけはないが、34歳の僕であれば考えていただろう。
そして15歳の僕はそれを恐らくは根っこでは思っていて、行動に移したのだろう。
小学生までの僕は人懐っこく、クラスの中心にいて皆に愛される人間だった。
それはおそらく僕のコアだったのだろう。
それ故に僕は人付き合いの能力自体はあった。
だが人を信用できなくなっていた。
僕はバンドを組んでバンド活動をすることに決めたのだが、人が怖いが故に中々メンバーを集められなかった。
そこで僕は路上ライブというほどではないが、色々なところで練習した楽曲を演奏してみたりして、機会を増やそうとした。
度胸はついたが成果はなかった。
今思えばメンバーを募るのに路上でやるのは効率が悪い。
人生はドラマではないのだから、劇的な出会いなどないのだ。
そして僕はまた同じように遠回りをする。
結果から言ってしまえばすごく身近に良縁があったのだが、僕は愚直な15歳の僕が辿った道を再び歩む。
その遠回りが、将来の僕にとっての投資になるのだと微かだが揺らがない自信があるのだ。
これから数年の間、僕は「不」運の中を生きる。
定められた運命のネガティブな檻の中に閉じ込められ続ける。
だがその中で僕は「幸」な運を掴む努力をしていく。
結果的に幸か不幸か、どちらだったのかははっきりとはわからない。
だが、僕はその檻を抜け出す瞬間が来ることを知っている。
それは僕にとって、どんな転生もののチートよりもとてつもないチートで、この上ない安心感を15歳の僕に与えたのだった。