第39話 新天地、塾
26歳の僕は教育業界へと足を踏み入れた。
大学時代に教職の授業を取っていたのだが、大学時代ほとんどの単位は取っていたのだが、僕の代の教職の教授は出席の要件が厳しく、教職の単位は落としてしまった。
そしてそのままめんどくさくなってやめてしまったのだった。
今回は教職をちゃんと取ろうかと思ったりもしたのだが、教育実習にいったりと生活に大きな変化がでてしまうため同様に諦めたのだった。
そのため僕が取れる選択肢は民間の教育業界だけだった。
そして僕は学習塾を選んだ。
今回は一生働くつもりだったので、将来性がありそうな会社に限定して採用試験に臨んだのだが、一社目で早々に内定が出たため、縁だと思ってそこで身を固めることに決めたのだった。
最初は本社で2週間ほど研修を受け、その後現場に配属になる。
僕の中途の同期は8人ほどいたのだが、同日入社の同期は一人で、その人は34歳の僕の時間軸では既に退職していたのだが、僕にしては珍しくそれでも縁が続いている気の置けない友人となっているのだった。
僕らは本社での研修の中で、現場で生徒たちと関わっていく姿を想像しながら胸を躍らせていた。
そもそも僕が教育関係を第二候補に挙げたのには理由があり、幼いころになんとなくだが教師っていいなと思ったことだ。そして父も「先生」と言われる仕事っていいなという旨のことを言ってた覚えがあった。僕の希望と父の希望とが交差する職種でもあったことも大きい。なんだかんだで僕は家族思いで、距離を置いていた父の願いを叶えたい気持ちもずっとあったのだ。
まぁそんなこともあり胸を躍らせながら現場に入ったのだが、僕が最初に目の当たりにしたのはアルコール中毒の保護者と電話で格闘している教室責任者の姿だった。
スピーカーにしていないのに受話器から呂律の回っていない声が聞こえる声量で話をしていた。
その対応があるので現場に入った僕に構っている余裕がなく、「マニュアルを見てやっておいて」といったメモを渡された。
そしてマニュアルをみて業務を理解していったのだが、最初がそれでできてしまったものなので、今後質問をしても「マニュアルを見て」とだけ言われて教えてくれなくなってしまった。
その人は一般企業でいう係長的ポジションだったのだが、僕の直属の上司としては数か月だけの付き合いになることを今はわかっているのだが、その時は「これからずっとこんな感じなのか」と不安になったものだった。
そして僕が見たその人の姿は、「電話して怒ってるだけの人」だった。
数教室を束ねる係長的ポジションであり、自分の教室だけではなく複数の教室のマネジメントをしなければならない人だった。塾業界はどこもそんな感じなのだが、基本的に1教室に社員が一人、または1人が数教室を兼務することもある。そのため連絡を密に取っていないとマネジメントする側としては不安なのだろう。
そしてその人はずっとどこかの教室に電話をして怒っており、僕への教育の時間というものはほとんどなかった。
そのため僕は自発的にマニュアル以外のことは既に何年も教室で働いているアルバイトの大学生たちに教えてもらったのだった。その際に色々な話をし、アルバイト達と仲良くなったことが今後の職務に響いてくるため、今回も何も知らないふりをして同様にアルバイト達に仕事を教わっていくことにした。
そうして数か月が経ち、独り立ちするための社内テストをクリアし僕は教室を持てるようになった。




