第32話 会社が人を殺す
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千葉の生活にも馴染んだ頃、僕は心に余裕ができていた。
そしてせっかく実家にいたらできない経験ができるのだから、色んな所に行こうと考えた。
店長も変わり、急な呼び出しもほとんどなくなった。
そのため僕は休日を楽しむことができるようになっていた。
そして僕は休みの度に色んな所にいった。
長野への片道5時間弱や、実家への片道9時間弱の移動を当たり前にしていた僕にとって、遠出といっても1.2時間でつくところは近いといった感覚になっていた。
そうして気分転換をしながら、僕の日常は明るさを取り戻していった。
ある日、出会いのない僕は出会いを作ろうと思い立った。
そして次の休みにショッピングモールにナンパをしに行った。
が、結局声をかけることができなかった。
大学生の頃はあんなに平気で声をかけていたのだが、彼女ができてからはしなくなっていた。
あの頃の僕のナンパへの価値観は「話すのはタダ」だった。
だが、今の僕の価値観は「恋人を作るための行為」だった。
その違いもあってか、僕は易々と声をかけられなくなっていた。
そして声をかけることへのハードルが上がっており、僕は動けなくなっていた。
そしてそれを、会社の看板を背負っている、もう社会人だからみっともない真似はできない。
など自分に言い訳を言い聞かせ、できない理由を探すようになっていた。
できない理由を探している時点でその瞬間もう負けに入っているのだ。
そのため僕はナンパで縁を作るということに関しては敗北を喫したのだった。
そしてこの頃から徐々に台頭し始めていた出会い系アプリに手を出し始めた。
課金しない範囲で出会える縁を手繰り寄せ、それなりに縁を繋ぐことができていた。
色んな遠方に友人を作り、男女問わず休みの時に観光ついでに会いに行く。
そうして僕の生活から彼女の面影がほぼ消え去っていた。
そんな日々を過ごしていた僕に、というより会社に事件が起こった。
僕と縁がない同期が自殺してしまったのだ。
原因は間違いなく労働環境のせいだろう。
僕らは基本的には上司と一緒に住んでいる。
僕は、上司・同期と住んでいる期間が同じぐらいで、数カ月一人の期間も何度かあった幸運な方だった。
だが上司と住んでいる間は、帰宅しても仕事をしているようなものだった。
そして仕事は明らかにブラック。
休日はあってないようなもの。
家に帰っても上司の目がある。
帰宅後にでかけようにも、縦列駐車の賃貸にいた頃は上司の車をどけてもらわないと出かけることもできなかった。
ただ、家賃は駐車場込みで5000円ほどで格安だった。
まぁ、自殺者が出ても違和感がない労働環境だったのだ。
研修期間中に会ったであろう、全然知らない彼は、会社によって殺されたと僕は思っている。
同期にそんなことがあり、僕らは本社に呼び出された。
全国展開しているので、本社に呼び出されるだけでもすごく大変だった。
自家用車で5時間ほどかけて本社に到着し、重役との面談があった。
その時点で200人程いた僕らの同期は50人もいないぐらいに減っていた。
面談が始まり、開口一番「大丈夫か?」と聞かれた。
はい。と答えると、「じゃあ帰っていい。」と言われ、そのやり取りだけで僕は帰された。
そして5時間かけて僕は店に戻って閉店まで勤務したのだった。
人間は順応する生き物で、僕は適応力が高く、ストレス耐性も人と比べて高かった。
そして一社目でここが基準になっていたこともあって、僕はさほど違和感を感じることなく勤めてきたのだが、さすがにこの件は強い違和感を感じた。
僕がこの会社に決めた理由は、「大企業の人事を経験するため」だった。
人事は新卒ができる仕事ではなく、現場で経験を積んでからというのがほとんどの会社だった。
そのため、どうせなら好きな場所で仕事をと思い、ホームセンターにしたのだった。
人事に行きたいということを伝え、2.3年でいけると言われて入社していた。
だが、こんな腐った人間がいる腐った会社での人事の経験が、果たして意味があるのだろうかと考え始めた。
内情を知らない限りは見栄えは問題ない。
離職率も非常に高く、人事としての仕事も大変で、得られることも多いだろう。
そう結論付け、元々ドライな僕は自分の経験のために人間性を会社に求めないことにした。
だが、さすがにあの面談はまずいと思ったのか、後日本社の人からフォローの電話があった。
その際にキャリアプランを聞かれたので、人事のことを伝えたが、「うちの人事は10年は現場を経験して店長をやってからじゃないと無理」と、当初と全く違うことを言われた。
既に店長になるための研修に選抜されて店長になる資格は持っていた。
そして僕に良くしてくれた先輩も店長として異動しており、僕は副店長的ポジションにいた。
だが僕は26歳までに資格が取れなければ教育系に行くと決めていた。
そのため、この人の言うことが事実ならば僕のキャリアプランが崩壊することになる。
そして一生を勤めるにはこの会社は終わっている。
僕は転職を決意した。




