第17話 「俺」から「僕」へ
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大学ではすっかりグループが出来上がっており、僕は入学式で知り合った旧友と、女性二人の4人グループで行動していた。
皆同じ学部で、専門科目は同じ。一般教養もある程度合わせて授業していたので、大学にいる間はそのほとんどを同じ時を過ごした。
だが、僕は部活にも入ったので空きコマに部室にいくことも増えた。
特定のグループとずっといるより、部室にいってその時々にいるランダムな部員たちと時間を過ごす方が楽しくなった。
自分で望んで進んで作ったグループが邪魔になってきたのだ。
その結果、旧友ともいえる新しい友人とは一緒に授業を受け続けたが、女性二人とは離れてしまったのだ。
そのことは後悔でもなんでもないのだが、二人には悪いことをしたなぁぐらいには思っている。
そうしてグループがなくなった僕は自由になり、構内を好きに彷徨うようになった。
そしていろいろグループと関りを持ち、人との経験値を積んでいったのだった。
この頃の僕は完全に自分のことしか考えておらず、自分の人生を楽しむことに夢中だった。
中高生の頃と比べると楽しすぎたのだ。
抑圧された感情が一気に噴出し、中毒になってしまった。
僕は本来、人のことを考える優しい性格がコアにあるのだが、中高時代でそのコアは歪になってしまった。
だが今はそのコアを歪めるものはなくなっている。そのため僕はまた人に優しくなれるはずだったのだが、新たに形成されたコアが、僕をその考えに至らせなかったようだ。
34歳の今でもそうなのだが、僕は完全に自分のために生きている。
人のことに興味などなく、甚だどうでもいいと思っている。
だがそれを表に出すことはなく、人当たりのいい人物となっている。
そしてその人当たりの良さも虚像ではなく、歴とした、僕の歴史に基づいた僕の姿である。
矛盾していそうなのだが、僕の中では筋が通っている。
「僕が幸せになる」そのためには他人との衝突はない方がいい。
だから人当たりよく過ごす。
というだけのことなのだ。
外付けの理由ではあるが、自分が幸せではない人は他人に悪影響を与えるし、他人を幸せにすることなどできようはずもないのだ。
故に人は皆、根っこのところでは自己中心であるべきだと、僕は思うのだ。
唯一の例外は、家族だ。
僕は家族だけは自分より優先することもある。
話を戻すが、大学入学当初の僕も自己中心的な生き方をしていた。
そしてこの時は完全に自分中心であり、幸せであるため周りとの衝突がどうこうなど考えていなかった。
加えて、僕はすごく口が悪かった。まぁ今でもそうではあるのだが。
普通に話しているつもりでも、気が弱い初対面の女性を泣かせてしまうぐらいには口調がきつかったのだ。
自己中心的、思ったことを口にする、口調は攻撃的。
それは女性が涙しても納得できるだろうと今の僕は思うのだが、当時の僕は困惑していた。
そして僕は僕改造計画を計画したのだった。
内容は至ってシンプル。
「一人称を「僕」にすること」
それだけだった。
今でこそ当たり前に「僕」と言っているのだが、それまでの僕は「俺」と言っていた。
そして、家族には「僕」と言っていた。
家族には優しい。外ではきつい。その差は何か。
一人称の差が思い当たったのだ。
そして僕は「俺」を捨て去り、「僕」を迎え入れたのだった。
それは形式的なもので、なんでもよかったのだと思う。
しかし、効果は絶大で、僕はそこから少しずつ、人に優しくなっていけたのだった。




