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前編

「イリア・ルーヴァン。お前との婚約、この場を持って破棄させてもらう」


多くの貴族が集う舞踏会の中心で、王太子殿下は冷ややかに宣告した。

 

私は(とうとうきたわ)と冷静に受け止める。

近いうちに、その様な宣告を受けることは分かっていたからだ。


王太子殿下の隣には妹のルキナ・ルーヴァンが立っている。

二卵性の双子であるルキナは小さな頃より、なんでも羨ましがり、私のものを欲しがる癖があった。おもちゃから小物類までいくつゆずってきたかわからない。


そんなルキナがとうとう、王太子の婚約者という立場さえも手に入れる。

可笑しくて、笑い出しそうだ。


ルキナは大仰に腕に包帯を巻き、殿下の背後に隠れるようにして立っていた。ビクビクと怯える姿は小動物を思わせる。


色素が薄く、ふわふわとした柔らかい毛並みの彼女は、少し上目遣いで見るだけで、男子を惚れさせす力があると言われていた。


(まあ、それはそれ、これはこれよ)


はっと息を吐き、殿下とルキナを私は睨みつける。ルキナはさも怖いといいたげに、殿下の後ろに隠れてしまった。

実際に私はちょっと目つきが悪く、人を恐れさせる面立ちをしているのだけどね。


「では、殿下。殿下は私と婚約を解消し、妹と婚約し直すおつもりということでよろしいですね」

「むろんである。イリア、お前がルキナを階段から突き落とし、怪我をさせたというではないか」

「そうですね」

「ほう、認めるのか」

「認めるもなにも、運動が不得手なルキナが、階段から落ちそうになったところを、咄嗟に手を掴み、引いたのですけど、その瞬間バランスを崩してしまい、ルキナは地べたに座り込んでしまったのです。

その時、両手をついた拍子に肘がくきっといったのですわ」

「くきっと?」


殿下はくりんとおめめを真ん丸にして、小首をかしぐ。

おバカ丸出しの顔だが、間抜けに見えないのは、素地がいいからだ。


「ええ、そうよね。ルキナ」


ええ、そうよねまでは甘い声、ルキナの名はどすをきかせた。

それだけで、ルキナはふるふると震えあがる。


「運動不足の妹にとって、腕をちょっとくきっといっただけでも、大事なのですわ、殿下」

「そっ、そうなのか」


慌てる殿下に見下すような呆れ顔を私は向ける。


「大丈夫です、殿下。ご安心ください。

いずれ殿下もそのようなことを言い出すと思っておりましたので、先んじて()()()()()()()はすましておきました。近いうちに、正式に書面を取り交わすことになるでしょう」


「えっ、えっ」と戸惑う殿下と、ふるふると怯える妹へ、冷酷な視線を流す。


口角をあげた私の顔は鏡を見なくても、どんな表情をしているか分かってしまう。


「この場に相応しくない私は、失礼させていただきます」


深く頭を垂れ、顔をあげた私は、とても悪辣な表情であったに違いない。







ホールを抜け出した私は急ぎ歩む。長居は無用と、待たせている馬車に乗りこむ。

心得ている御者はすぐに馬車を走らせた。


「ふう。良かったわ、婚約破棄を殿下から叫んでもらえて」


私、ことイリア・ルーヴァンは、ルーヴァン公爵家の長女。

ルキアの双子の姉であり王太子の婚約者で、あった。


ルキアと私は似ていない。

彼女は花を愛で、蝶を慈しみ、歌と刺繡を愛する、貴族の令嬢らしい令嬢だ。知性は平均的であり、運動神経はないに等しい。


ルキアと違い私は、学業に秀でていた。語学も堪能。容姿は平均的であり、運動神経は抜群。


私たちは、一人の完璧な人間を二で割ったような双子であった。


(妹が私のものを欲しがっても、本当はあまり気にはならなかったのよね)


私の持ち物に執着する妹と違い、私は物への執着がまったくなかった。だから、おもちゃや小物をあげることに抵抗はもともとなかったのだ。


とはいえ、ルキアも人並みの常識を備えている。彼女は愚かではないのだ。

姉の私が王太子の婚約者に選ばれた時、「いいなあ」とこぼしてはいても、その座を奪おうとまでは考えていなかった。


今回の一件は、半ば私が仕掛けたようなものだ。


半年前から王太子殿下との接触を自ら減らした。

避けられているように感じた殿下が、妹のルキアに相談するというかたちで、接触が始まる。

ルキアと殿下の関わる時間が増えれば殿下もルキアの魅力に取りつかれる。あとはルキアの魅力に殿下がほだされるのを待つだけだったのだ。


(階段の一件はただの口実作りよね。ルキアが怪我をしてきたのをいいことに、理由をこねくり回したというか)


滑稽な嘘に、今さらながら可笑しくなる。


(でも、それでよかった。私には婚約を解消しなくてはいけない事情があるのだから)


それは王太子や妹のルキアには秘密の依頼として、父である公爵と、王自らによってもたらされたものだった。








我が国の南方には海岸線があり、海洋につながる海原が広がる。

そこは漁業が盛んな地域として栄えていた。


そこに十年ほど前から海賊が現れるようになった。


漁船や貨物船が、海洋上で狙われることがたびたびあり、注意喚起とともに、絶えず巡視船が見回りを続けていた。


時に、巡視船と海賊の間で諍いが起こることもあり、海から得られる恵みは、十年前と比べ半分近く減っていた。


実は、その海賊と思っていた一団は、海洋上の島々を拠点とする、海上国家の船であった。


海運技術の発達とともに、我が国の船が海洋に出ることが増え、彼らからしてみれば、我が国の船こそが侵略船として受け止められていたのだ。


十年目にしてやっと、互いの状況を理解するに至ったのは、我が国の船が難破し、その際に海に投げ出された船員が海上国家に助けられたことによる。その船員によって、我が国の存在や実情を海上国家の中枢が把握するに至ったのだ。


その船員を仲立ちとし、海上で話し合いが行われるようになった。


海の資源の分配、海についての情報共有など、さまざまな取り決めが為された。


その中で、海上国家がは、交流の証として、王太子の婚約者を所望した。


海上の問題を取り仕切っていた父と王は頭を痛めた。


わが国では、まだ海上国家の存在を知らしめていなかったからだ。

海賊に荷物を奪われた者、家族を失った者などがおり、彼らの心情を慮って、時期を見定めている最中であった。


しかし、海上国家の意向も汲みたい。


そこで、白羽の矢が立ったのが私だった。

学業に優れ、語学が堪能な私ならば、一人で海上国家に嫁ぐことになっても、きっと大丈夫だろうと、父と王が判断したのだ。


問題は、私が王太子の婚約者であることだった。


今回の件は、王太子の婚約者を辞す理由を明らかにできない。

悩む父と王に、私は自ら提案した。

ならば、王太子自ら婚約を破棄するように促せばいいと。



そして、今日、本願叶い、私はめでたく婚約破棄されたというわけだ。




最後までお読みいただき心よりありがとうございます。


本日19時に後編投稿します。

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