ノックをしたまえ
鋼と鋼がぶつかり合う音を背に、俺は玉座の奥の廊下を駆ける。
この先に諸悪の根源、ジョセフがいるはずだ。
「はっ……!はっ……!」
心臓が痛いほどに鼓動する。
走っている事による疲労が原因ではない。
この程度の距離を走ったくらいで息を切らしたりはしない。
「俺だけで、本当に大丈夫なのか……?」
その胸中にあったのは不安。
今、助けてくれる人はどこにもいない。
フリードたちは街の外で、ゲーランは街の中で、ジャックは玉座の間で戦っている。
誰も彼もが自身の為すべき事に徹している。
これまで多くの仲間たちに助けられてきた。
しかし、この場においてジョセフと相対する事が出来るのは俺だけだ。
俺がジョセフを倒さなくてはならない。
「マンガやゲームのボスみたいに部下のニコライたちよりも強い、なんて事無いよな……?」
果たして俺にジョセフを倒す事は出来るのだろうか。
これまで鍛錬を積んできて実力を伸ばしている自負はある。
ジャックやソーオウとの模擬戦を経て、成長を認めてもらってもいる。
ニコライには勝てなくとも、普通の兵士が相手なら恐らく勝つ事は出来るだろう。
しかしジョセフの実力は全くの未知数なのだ。
「ダメだ、弱気になるな……!弱気になったら勝てる相手にも勝てない……!」
空元気で自身を奮い立たせようとするが、それでも不安は消えない。
不安は消えなくとも、皆の為にも進むしかない。
「ここは、違う……。」
廊下を進み、道中にある部屋の扉を慎重に開け、
「ここでもない……。」
緊張と、誰もいない事に安堵を繰り返す。
本来であれば開けた扉の先にジョセフがおり、決着をつける事が出来るのが最良なのだ。
しかし理性に反して心は誰かの助けを求めてしまう。
一人である事がここまで心細く感じるとは思わなかった。
いや、タガミ先輩に拾われてから忘れていたのだ。
「ここが一番奥、か……。」
それでも不安に押しつぶされないように必死に歩みを進め、遂に最奥へと至った。
至ってしまった。
「大丈夫、俺なら大丈夫だ……!」
ここまで来て引き返す選択肢は存在しない。
どれほど不安であっても、どれほど心細くとも、どれほど自信が無くとも。
そして扉を開くと……
「…………。」
そこにはこちらを一瞥することも無く机に向き合い、書類仕事に勤しむ人物がいた。
ややふくよかな体形、上顎には豊かな髭を蓄え、白髪が混じった灰色の髪を後ろに流している、まるでサラリーマンの役員のような容貌の中年男性が。
「入室の際にはノックをしたまえ。」
「……え?あ、すいません?」
俺は『この男がジョセフなのだろうか』と思いながら部屋に入ったものの、彼から至って常識的な指摘を受け、名前を問いかける前に思わず謝ってしまう。