馬車とメガネと樽と後輩
「ジャック、話は終わったんですか?早く行きましょう。」
「おう、そうだな。」
「あなたは?」
「それは馬車の中で。それよりも早く乗り込んで下さい。」
ジャックさんと話していると、馬車の中からショートヘアのメガネをかけた女性が現れる。
何となく秘書と言う言葉が似合いそうな雰囲気を醸し出しているが、この人も『差し伸べる手』の仲間なのだろうか?
「今日は絶好の機会なんですから。」
「絶好の機会?一体何が……。」
「それも馬車の中で説明してあげるので、とにかく早く。」
話を聞こうとすると、それよりも先に馬車に乗り込むように急かされる。
「乗り込みましたね。ジャック、出発しましょう。」
「おう。お前らは中で休んでな。」
俺とタガミ先輩は急かされるまま馬車に乗り込む。
全員馬車に乗ると、合流した時の様にジャックさんは先頭に座り、馬車を駆る。
「さて、では早速ですが、君はユーキリョータ、この世界に来たばかりの新入りで間違いないですね?」
「はい。よろしくお願いします。」
『リョータさんですね!よろしくお願いします!』
「は?」
自己紹介の時間かと思ったら、馬車に積んであった樽が喋り出した。
すごいなー。異世界って樽が喋るのかー。
いや、そんな訳ないだろ。中に誰か入っているんだろうか?
一体誰が?何故?
「おい、喋るなって言いましたよね?死にたいんですか?死にたいんですよね?私はこの馬車から蹴り落して置いて行っても良いんですよ?」
『ひぃ!?ご、ごめんなさい!』
「え?え?」
「失敬。これはただの樽です。」
「いや、でも今声が「ただの樽です。いいですね?」………はい。」
混乱を余所にメガネの女性は樽?を脅す。
話を聞こうにも無表情でただの樽だと押し通される。
「とにかく、君はこれから我らが『ディーゴ商会』の新入りです。この先の検問で何を聞かれても『分かりません』と答えるように。」
「は、はぁ。」
「私はディーゴ商会幹部のレオノーラ。今日は共和国西部と交易の為にこのリエフの街を出る。反抗勢力と戦っている前線の街では物資が不足しているだろうから、そこで商売をする予定。これが今回の筋書きです。」
「筋書き、って事は………。」
「ただし、新入りは検問で何か聞かれても『分かりません』です。いいですね?」
「は、はい。」
「レオノーラさん、検問が見えてきましたよ。」
「分かりました。おしゃべりはここまでです。」
メガネの女性はレオノーラと名乗り、この後の大まかな予定を教えてくれた。
レオノーラさんに話を聞いていると、検問に到達したことをタガミ先輩が告げる。
前方には赤い鎧を身に纏った数人の男たちがいた。
この前、タガミ先輩に賄賂を要求してきた時点で悪い印象しかない。
今回も何か碌でもない事が起こりそうな予感がするな。