幕間:スティールマン 前編
時は遡り十五年前。
「ここは、どこだ?」
ある男が目を覚ます。
「何故私はこんな森の中にいる?」
ウラッセア王国の森の中で、彼は困惑しながら周囲を見渡す。
「雪が積もっていない。つまりは冬ではない。しかし群生する植物は見覚えが無いな。下手に口にしては毒にあたる可能性もある。加えて肉食の野生動物がいるやも知れん。地図も無いが、とにかく人のいる場所に行かなくては……。」
男は冷静に現状を認識し、歩き出した。
この場に留まる選択はしない。
食料獲得の目途は立たず、どのような危険生物がいるかも分からない。
方角すら分からず、土地勘もなく、地図すらない。
しかしそれでも男は道無き道を歩き続ける。
それが生き残れる可能性が最も高い選択肢なのだから。
「これは、川か。周囲に人が生活している痕跡は無いが、この川に沿って歩けば街に行きつくかも知れない。それにこれで水分に困る事は無いだろう。」
どれほど歩いた事か。
男は森を抜ける事こそ出来ていないが、川を発見する事が出来た。
生活用水の確保や釣りによる食料獲得を目的として川の周囲で人が生活している可能性は高い。
その理屈に基づき、彼は川に沿って歩き出した。
もし人里に行きつく事が無くとも、海に出る事が出来る。
海に沿って進めば、どこかに漁や交易を生業とする人が住む街があるはずだ。
いつ人里にありつけるか、どこに海があるかは分からないが、少なくとも水場にありつけた事は幸運だろう。
男は僅かに表情を明るくして川沿いを歩む。
更にしばらく歩き、太陽は頭上を越えて沈みかける。
彼は人里に辿り着けなかった場合、安全を確保出来ていない状態での野宿も視野に入れていた。
「あ、あれは……!」
しかし、その選択をする必要は無くなった。
「明かりだ!向こうに明かりが灯っている!」
彼は太陽の光とは別の光を目にした。
川沿いの先、煌々と灯る明かりを。
「随分とさびれた街、いや村と言っても良いだろう。しかし人里を見つける事が出来たのは僥倖だ。」
小走りで明かりの元に近づくと、予想に反し小規模な集落が姿を現す。
「誰か!誰かいないか!」
彼は村に辿り着き、人を探す。
まずは村人と交渉して寝床と情報を、可能であれば食料を獲得しなくてはならない。
「おや、こんな時間に旅人さんですかい?」
「あぁ、助かった。実は……」
男の呼び声を聞き、家の中から中年の村人が顔を出す。
村人を見た男は安堵の溜め息を吐き、自分が何故か森の中で目を覚ました事を、そして寝床を貸してほしい事を村人に伝える。
「と言う訳なのだ。」
「そりゃあ大変でしたねぇ。何にもない村ですが、どうぞ休んで行って下せぇ。これから夕餉なんで、詳しい話はそこで。」
「ありがたい。恩に着る。」
村人は欠片も迷惑そうな素振りを見せず、暖かく男を迎え入れる。
男はその振舞いに対し、頭を下げて感謝の言葉を述べた。
「そういえば旅人さんの名前を聞いてませんでしたなぁ。」
「確かに名乗っていなかったな。私はジョセフ。ジョセフ・スティールマンだ。」
村人に名を尋ねられ、男は答えた。
『ジョセフ』と。