クロス
クヌミン攻略の翌日の早朝。
「思ったよりも亡くなった人が少なくて良かったです!」
「その分、怪我人は多かったけどな。介抱大変だっただろ。」
「それでもあの人たちはまた家族や友達の所に帰れるって考えたら、へっちゃらです!」
街の一角に負傷兵を収容する診療所で、目の下に隈を作ったアニエスは明るく語っていた。
昨日の戦闘後、街の外に兵士たちが待機する陣地と、街の一部に指揮所、診療所が即席で設営された。
その診察所でアニエスは忙しなく働いていたのだ。
肉体的にダメージを負った怪我人の介抱であったり、怪我で弱った精神を癒す為に、また戦闘の影響で不安定になった街の人々を宥める為に説法をして回った。
その結果、彼女はあまり休めていないようだ。
「へっちゃらって、その顔で言われてもな……。寝た方が良いと思うんだけど。」
「でも、まだこの戦いで亡くなった方々への祈りも捧げられていないので、もう少しだけ……!」
「っと、ふらふらだな。」
「あ、ありがとうございます……!」
明らかに寝不足と言った風貌で祈りを捧げると語るアニエス。
彼女が椅子から立ち上がろうとすると、脚をもつれさせ、転びかける。
俺はその直前に彼女を支え、転倒を阻止したが、流石にこの様の彼女を休ませる為に言葉を選ぶ。
「優しいのは良い事だけど、休むべき時には休んでおけよ。戦死者の人たちだって自分たちの為にアニーに倒れられたら、ゆっくり眠れないだろ?」
「分かりました。少し休ませてもらいますね!」
「それと昼過ぎに進軍を再開するみたいだけど、寝坊しないようにな。」
戦死者の人たちの為にも、と説得し、彼女も休む事に納得した。
これで無理をする事は無いだろう。
そう思い、フリードから聞いた出発時間を伝えて、寝坊に気を付けるように言うと彼女は想像していなかった答えを返した。
「私はこの街でウハヤエ教のお話をしたり、怪我をした人たちの介抱をしてほしいと言われたので、いったんここでお別れです!」
「そうだったのか。無理はしないようにな。」
「はい!リョータさんもお気をつけて!あっ、そうだ!」
確かにこの街も重要な拠点になるだろうし、負傷兵や街の人たちの事を考えるとアニエスが残るのは理解出来る。
簡単に別れのやり取りを済ませ、俺は『無理をしないように』と釘を刺す。
昨夜が一番忙しい時間だっただろうから大丈夫だとは思うが、それでもアニエスの奉仕の精神を鑑みると注意せざるを得ない。
彼女もまた俺に対して気を付けてと語ると、思い出したような顔をして腰元のポーチをまさぐる。
「これをどうぞ!」
「これは……」
「リョータさんは主の教えを信じる方じゃないから効果があるか分かりませんが、きっと守ってくれるはずです!」
彼女のポーチから出てきたのは、かつてリエフから逃れる時に樽の中で彼女を守ったクロスだった。