乗馬
進軍開始から三日が経った。
それまでの間に小規模な戦闘があったようだが、検問の兵士を倒す程度で軍の歩みを止めるようなものではなかった。
俺は隊列の後方に位置していたが、戦闘の情報が入ってくる頃には決着がついているような規模の小競り合いしかなかったのだ。
「これなら案外、簡単に戦争が終わるかも知れないな。」
思いの外あっさりと事が進み、胸をなでおろす。
「油断大敵ですよ、リョータさん!」
「分かった。分かったからもう少し声量を抑えてくれ。」
しかしそんな俺を嗜めたのは後ろに乗ったアニエスだった。
元気が良いのは良い事なのだが、真後ろでもいつもと変わらないボリュームで話されると少しうるさい。
そもそも何故、俺の後ろにアニエスが乗っているのか…………。
四日前。
アウグストの指導の下、乗馬の練習に励んでいた時の事だった。
「よろしくお願いします!」
「何が?」
いきなりアニエスによろしくお願いされたのだ。
意味が分からなかった。
「私をリョータさんの後ろに乗せて下さい!」
「はい?」
「ありがとうございます!」
「いや待ってくれ。今のは了承したんじゃなくて疑問と困惑が口から漏れ出ただけなんだ。」
俺の?後ろに?
何を言っているのだろうか。
馬にでも乗りたくなったのだろうか。
まぁ確かに馬を見て乗って見たくなる気持ちは分からない事も無いけれど。
困惑のあまり、思わず間抜けな声で疑問形の返事をしてしまった。
しかしアニエスはそれを了承と捉えたのか感謝してくる。
「フリードさんに言われたんです!『シスターアニーは馬には乗れないよね?でもここまで来てもらって戦地まで歩かせるのも心苦しい。だからリョータの後ろに乗せてもらうと良いよ。彼なら今、向こうで乗馬の訓練中だから頼んでみてくれ。』って!」
「あいつ……!」
他人事だからと言って適当な事を言いやがって……!
俺がフリードの意見に憤っている一方、
「良かったですね、リョータ様。」
「え?」
「これで一段と訓練に身が入るでしょう。アニエス様の為にも厳しく指導させて頂きます。」
「え?」
アウグストは何故か笑顔で祝福して来る。
しかし続く言葉は祝福でもなんでもなかった。
待ってほしい。
厳しくって、これまでの指導が厳しくなかったかのような物言いだが、既に現段階で相当厳しく教えられていると思うんだけど。
「私もお馬さんに乗せてもらう練習をした方が良いでしょうか?」
「アニエス様はリョータ様に乗せて頂き、そのまま腰に手を回して落ちないようにして頂ければ問題ありません。」
「分かりました!それと私の事はアニーと呼んで下さい!」
「大変申し訳ございませんが、そのご要望には添いかねます。」
「私の事はアニーと呼んで下さい!」
「大変申し訳ございませんが、そのご要望には添いかねます。」
「むぅ、レオノーラさんみたいに頑固ですね……!」
アニエスはアウグストに自身も乗馬の練習をした方が良いかと問い掛けるが、その必要はないようだ。
そして彼女は自身の呼び方についてアウグストにお願いをするが、取りつく島もなく断られていた。
そんな経緯があってアニエスを俺の後ろに乗せる事になったのだった。