握手をして
「残念ですが、それは出来ません。」
しかしマーティンはトムスの手を取る事は無かった。
差し伸べた手を取ると思っていたトムスは困惑しながら、彼にその理由を問い掛ける。
「なんでだ?行く当てはないんだろう?」
「私がこの街から逃げずに教会にいたのは皆の為ですから。教会には様々な人々が訪れます。困っている人、悩んでいる人、行き場のない人、他にも様々な人々が。主の教えを以てそう言った人々を支え、導く事こそが我々の使命なのです。我々の望みなのです。」
「だけど、脱獄がバレたら……」
マーティンにも曲げられない信念が、捨てられない信仰がある。
しかしそれを聞いてもなお、トムスは引き止めずにはいられない。
スメイを囲む外壁を見やり、表情を歪めながらも。
「えぇ。城壁の外の彼らの様に処刑されるでしょうね。エドマンドさん、マーベリックさん、ジョセフィーヌさん…………他にもたくさんの方々が信仰を貫き、処刑されました。このまま戻れば、いずれは私も…………。」
「…………。」
外壁には見せしめかのように、死体の首に縄を架けられ、吊り下げられていた。
マーティンもトムスに釣られ、そちらに視線を向けながら見知った顔の、処刑された信徒の名前を挙げる。
そして自分もまた、逃げなければあの信徒たちと同じ運命を辿るであろうと仄めかす。
「しかし、それが信仰を捨てる理由にはなりませんよ。例え命は奪われようとも、信仰を奪わせはしません。それは奪う事も捨てる事も、誰にも出来ないのです。」
「マーティン…………。」
その上で彼は信仰を捨てない選択をすると語る。
その瞳に絶望は無く、平静としていた。
当然の事であるかのように。
これからも変わらぬ日常を過ごすかのように。
「私はまた街に潜入し、教会で活動します。最期のその時まで。」
「決意は固いんだな………。」
「えぇ。誘って頂いた事に感謝させて頂くと共に、その心遣いを無下にしてしまい申し訳ありません。」
曇りない眼のままマーティンは礼を言い、同時に頭を深々と下げて謝罪をする。
それを見たトムスはそれ以上説得を続ける事は無く、敬意と感謝を示す。
「マーティン、ありがとう。あんたのお蔭で助かった。どうか無事を祈っている。」
「はい。私も貴方の旅路に幸多からん事を、主のご加護があらんことを祈っております。」
二人は握手をし、道を違えた。
この先、二度と交わる事のない道を。
一人は仲間の為にワシャールを目指し、一人は人々と信仰の為にスメイに入る。