怪人の由来
俺がゲーランが敗北する可能性も存在すると伝えるとトリア公の雰囲気が変わる。
「ふむ、聞き間違いかね。今、怪人殿が負けると?」
「必ず負けるとは言いませんが、その可能性も決して存在しない訳ではないと………。」
これまでは振舞いこそ重々しく、貴族然としていたが雰囲気に威圧感は無かった。
しかし今は違う。
俺の言葉がきっかけなのか、威圧感を伴わせながら彼は聞き返してきた。
その重圧に怯みそうになりながら、言葉を選んで返答をする。
「リョータ殿、貴殿は若く、怪人殿の戦ぶりを見たことが無いからこそ、そう思うのだろう。」
トリア公は子供を諭す厳格な大人の様に俺に語り掛ける。
「ヴルテンヌと言う僅かな領地しか持たない、大きな戦功を挙げた訳でもない小貴族。その貴族の弱冠十五歳の、一度として戦場に出た事が無かった、ゲードランと言う無名の子息が一等の戦功を挙げるなど、誰が想像しようものか。」
「!?」
十五歳。
ゲーランの初陣が俺の年齢と大して変わらなかった事に驚きを隠せない。
声にこそ出さなかったが、表情が崩れる程の驚愕だった。
普通はそんな事出来ないだろう。
そんな俺の驚愕を他所にトリア公は話を続ける。
「我々は何も彼の容姿だけを揶揄して『怪人』などと仇名している訳では無い。度々僅かな手勢を率いて要衝を陥落せしめ、返り血に塗れながら帰ってくる姿に尊敬と畏怖、そして羨望と嫉妬を込め、その名を呼ぶのだ。」
ゲーランの『ヴルテンヌの怪人』と言う異名の由来を初めて知った。
本人は容姿故に嫌味も込められているだろうと語っていたが、決してそのような事は無かったのだ。
トリア公はただ自身の領民を優先して参戦を拒んでいるだけで、ゲーランの事を信頼していると言う理由は建前だと思っていた。
しかし違った。
「トリア公はゲーラン殿の事を心から信頼しているのですね。」
「信頼、いや確信と言っても良いだろう。立ち振る舞いこそ粗野で貴族らしからぬが、将軍としての才覚は紛れもなく王国一だ。」
彼が抱いているそれは建前などではない。
絶対的な、ある種妄信的とさえ言えそうなほどの信頼。
その信頼を否定するような方向で説得をするのは難しいだろう。
それならば………
「確かに現状を鑑みれば、ゲーラン殿は負けないでしょう。」
「うむ。理解してもらえたようで何よりだ。」
「しかし、ゲーラン殿の新しい武勇伝を聞いてみたくはありませんか?」
トリア公の話を聞いた今、俺が採る選択肢はアプローチを変える事だった。