断る
教育が始まり、二週間が経過した。
重箱の隅を突くかの如き教育を乗り越え、トリア公との交渉の日が訪れる。
「やぁ、おはよう。リョータ、アウグストス。」
「おはようございます。」
「おはよう……ございます。フリード殿。」
交渉当日と言う事もあり、いつものような態度でフリードに挨拶をしようとする。
しかしその瞬間にアウグストスに睨まれ、フランクな態度を改める。
「お疲れ様、アウグストス。リョータの調子はどうかな?」
「交渉の場に出しても追い出される事は無いかと。」
「まずまずと言った具合だね。」
フリードはアウグストスに成果を尋ね、問題は無いと聞くと笑みを浮かべて頷く。
期間こそ短かったが、あれだけの教育を経ても評価はまずまずなのか………。
「さて、それじゃあ行くとしようか。」
「フリード様、リョータ様、お気をつけて。」
「行ってきます。」
馬車に乗り、アウグストスに見送られる。
以前トリア領で行われた会議に向かった時に通った道を辿るが、以前とは状況が違う。
俺は緊張感に身体を固く強張らせながら、馬車に揺られて行った。
夕方、トリア領の領都に到着し、街の中央にある城の門を潜る。
馬車を降りるとそこには初老の執事が待っていた。
「フリード様、リョータ様。お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
執事に案内され、玉座の間に辿り着く。
「こちらでお待ち下さい。」
そこにはトリア公はおらず、しばらく待つように言われた。
アウグストスに教育される前であれば物珍しさからキョロキョロと周囲を見回していただろうが、今はしっかりと正しい姿勢を維持する。
そして十分ほど経つと玉座の横にある扉が開かれ、執事とトリア公が現れる。
フリードと俺は頭を下げて挨拶をする。
「ご機嫌麗しゅうございます、トリア公。本日はご多忙にも関わらず貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございます。」
「トリア公、お初にお目にかかります。私はデリツェ子爵家のリオル・フォン・デリツェが子、リョータ・フォン・デリツェと申します。」
「うむ。よく来たな。」
挨拶をした後、数度の社交辞令をやり取りし、俺は本題を切り出す。
「本題に入らせて頂きます。トリア公、エウリア大陸の交易権に興味はおありでしょうか?」
「ふむ、続けたまえ。」
「トリア領と言えば下々の民衆にまでトリア公の威光が届くほどに繁栄しておられます。これも偏にトリア公の差配に依るところでしょう。」
まずはトリア公を立てて話を聞いてもらえる下地を作る。
「しかしエウリア大陸の交易に関してはルセロア公が権利の大半を握り、思うように交易を出来ないでしょう。」
「あぁ、確かに。エウリア産の品々は我々の手元には僅かにある、と言った程度に過ぎないな。」
「そのエウリア大陸の交易権をルセロア公から一部を貸与して頂いているのです。とは言えホーエンゼレル領の海は北にあり、南にあるエウリア大陸とは交易がしづらい位置にあります。故にこの交易権をより有益に用いる事の出来るトリア公にお預けしたいと考えております。」
そしてエウリア大陸の交易権と言う交渉材料を提示する。
トリア公の表情は変わらないが、話を聞いてもらえている事に違いは無い。
そのままこちらが望む条件を伝えよう。
「しかし安定して交易をする為には世情の安定も必須かと存じております。つきましてはフリード殿率いる軍に助力をして頂きたいのです。」
「なるほどな。であれば、返答は決まっておる。」
「……………。」
俺の話を聞いたトリア公は腕を組み、目を瞑る。
俺は沈黙して答えを待ち、トリア公が重々しく口を開く。
「断る。」
返ってきた答えは拒否であった。