『聖者』とは
ロオとの面会を終え、退室した俺は踵を返して聖堂に戻る。
彼と話をしている際に耳にした『聖者』と言う称号がどのようなものであるのか分からないので、先程ロオの居場所を教えてくれたアンジェロに聞いてみようと考えたものの、辺りを見渡しても彼の姿が見当たらない。
あの親切な老爺なら快く教えてくれると思ったがいないのであれば仕方がない。
俺は説法をしている壇上の神父に声を掛ける。
「……であるからして主は仰られました。」
「あの、すみません。」
「はい、どうなさいましたか?」
「少し聞きたい事があるのですが。」
「私に答えられる事であれば。」
良かった。
声を掛けた神父もアンジェロと同じように親切そうだと思いながら『聖者』に関して質問をさせてもらう。
「俺は『ウハヤエ教』について詳しくないのですが『聖者』って何でしょうか?」
「質問に質問で返すようで失礼ですが、貴方は転生者ですか?」
「はい、そうですが……」
俺の質問に答える前に神父は逆に質問をしてくる。
それが一体どうしたと言うのだろうか。
疑問に感じながらも彼の問いに対して首を縦に振る。
すると彼の目つきは先程までの優し気な物から一転、値踏みするかのようなものに変わる。
「そうでしたか。それならば知らない、と言うのも仕方がありませんね。」
神父は一瞬の後、再び優し気な目に戻って俺に話をしてくれる。
しかし今の目つきは一体何だったのだろうか?
いや、『聖者』について教えてくれるのだから、考えるのは後回しにしよう。
「簡単に言えば『聖者』とは主の教えに忠実であり、模範的な信徒として絶大な貢献をしたものに与えられる称号です。例えば人の身では到底太刀打ちできないような怪物を打倒した方。彼女はその身一つで怪物へと挑み、見事怪物に首を垂れさせたそうです。例えば自らを犠牲に天災を鎮めた方。彼は迫る業火を前に身を捧げて街とそこに住まう人々を守りました。例えば遍く人々に主の教えを説き、割れそうになった国をまとめた方。彼女はその人柄によって人々から愛され、遂には絶大な権力を誇った当時の貴族さえも説き伏せたのです。」
ある程度言葉の響きから予想はしていたが、やはり『聖者』の名を冠するには何らかの功績が必要になるようだ。
恐らくアニエスは自らの行った働きと他人からの評価のギャップに苦しんでいるのではないだろうか?
自分自身は大した事はしていない、しかし周囲は賞賛や期待を込めて評価する。
故にそれを否定したり跳ね除けたり出来ない。
「そういった偉大な功績を残された方のみが死後に『聖者』として認められるのです。」
「死後に……」
「えぇ、『聖者』は死後、主の下に遣わされ信徒たちに永遠に語り継がれるのです。これまでに生前から『聖者』の称号を賜った方は一人としていません。」
加えてこれまでに無かった、生きながらにしての『聖者』認定。
特別扱いされる事にも慣れておらず、どこか悪い気がしているのだろう。
しかしそれだけなら彼女があそこまで重苦しい雰囲気を纏う事も無いように思える。
むしろ期待されている分、過大に評価されている分、それに応えようと努力しようとする性格だろう。
そう考えるとまだ引っかかる部分があり、もう少し情報収集する必要がありそうだ。