教会を代表して、ではなく、一個人として
答えの見えない問題について唸りながら考えていると、部屋にノックの音が響く。
「アルステッド様。教会から来訪された方がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「む、分かった。通してくれ。リョータはこちらで待機していてくれ。」
「あぁ、けど俺もこの部屋に居て良いのか?」
「元はと言えば私が呼んだのだ。構わん。」
またしても教会の人間が訪れたようだ。
アルステッドへの要望の催促に来たのだろうか。
結論は出ていないとはいえ、無下にする訳にもいかないのか、アルステッドは部屋に通すようにベックに伝える。
「失礼致します。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。私は教会で枢機卿を拝命しておりますレナードと申します。」
「うむ、よく来てくれた。しかしまだ王位に就いたわけでもない。陛下はよしてくれ。」
「これは失礼を致しました。そして貴方は……」
「デリツェ子爵家のユーキ・リョータと申します。」
「デリツェ……ホーエンゼレル領の方でしたか。ご歓談中に失礼致しました。時を改めましょうか?」
「いえ、お気になさらず。」
「お心遣いに感謝致します。」
レナードと名乗った白髪の老人は膝を付いて恭しく礼をする。
次いで俺の方を見て軽く首を傾げた。
彼は先客がいると思ってはいなかったようで、いったん退室した方が良いか俺に問い掛けるが、それに首を横に振り返答する。
むしろ俺の方こそ、この部屋に居て良いのか聞きたかったが、アルステッドに待機していてくれと言われた以上、レナードにそれを問う真似は出来ない。
加えて正確には名目上デリツェ子爵の称号を持っているだけなのでホーエンゼレル公とはほとんど関係が無いが、ここでそれを否定する必要も無いと思い、そのまま話を続ける。
「して、何用だ?先日の使者から聞いた資金提供の件とラディウムにおける活動の支援の件に関しては、まだ話はまとまっていないぞ。」
「……いえいえ、この度はそう言った話をしに参った訳ではございません。」
「では別件か?」
「別件、と言うほど大層な要件ではございません。ただご挨拶に伺いたかっただけでございます。」
「挨拶?」
「えぇ、教会を代表して、ではなく、一個人としてこの情勢において王位に就かれるお方にご挨拶申し上げます。」
先日の件で来たのかとアルステッドが問うが、レナードはそれを否定し、更に教会の枢機卿としてではなく一個人として相対していると語る。
その発言にアルステッドは訝し気な表情になるも、レナードは温かみのある声色で話を続けた。
「苦境苦難を迎えた我らがウラッセア王国を導かれることに感謝を、多くの障害を乗り越えて道を切り開かんとする姿勢に敬意を、しかしどうかご無理はなさらぬよう。貴方様の道行きに主のご加護があらん事を。」
「レナード殿……私も、次期国王としてではなく、一個人として貴殿の想いに感謝を示させて頂く。」
「さて、お忙しい中お時間を頂き、誠にありがとうございました。私はこれにて失礼致します。アルステッド様、リョータ様、どうかご壮健で。」
「うむ。」
「レナード殿も。」
穏やかな老爺と言うのが彼に抱いた印象だった。
レナードがこの部屋に滞在していた時間も、出会ってからの時間も短い物だったが、彼が出て行くまでの間に先程までの悩みは霧散し、暖かな雰囲気に包まれているのであった。