あの娘が帰ったのは
食事を摂っている皆もアニエスの話を話題に挙げると僅かに寂しげな表情になり、それを振り切るように雑談と食事でいつもの表情に戻る。
彼女の明るさは仲間たちに好印象を抱かせ、平凡で幸福な日常の一部となっていた事の証拠だろう。
「教会に帰った、か……。寂しいだろうけど、あいつにも帰る場所があった、迎えてくれる人が居たって事だから良い事だな。」
「それは……そうですが……。」
アニエスを拾った神父さんは既に以前の内戦で亡くなっており、助けを求めたワシャールの教会からも受け入れてもらえなかったのだ。
そんな彼女にも帰る場所がある、迎えてくれる人が居るのであれば、それは喜ばしい事だ。
レオノーラも頭では理解しているようだが、それでも感情の面では寂しさを隠せずにいる。
アニエス本人の前では素直じゃないと言うか、ツンとしていると言うか、若干塩対応な所もあったが、内心では親しみや友情を感じていたのだろう。
だからこそ今こうして沈んだ面持ちとなっており、当のアニエスも彼女に懐いていたのだ。
「そう言えば教会って言っても色々な所にあるよな?どこの教会に帰ったんだ?」
「…………」
「あの娘が帰ったのは……」
王都であれば、会おうと思えばいつでも会えるだろうし、余程遠くの教会に行っていない限りは会いに行ける。
しかしレオノーラは沈黙し、代わりに隣の席に座っていたワーズギーから返って来た答えは予想だにしないものだった。
「総本山?とか言ってたなぁ。そこまで熱心にウハヤエ教を信じてるって訳じゃねぇし、その総本山がどこにあるかは知らねぇけど。」
「あそこだろ、ほらルーメン。ジャックが療養に行ったエウリア大陸の北にあるアリペア半島の。ディーゴの奴の商会があるとこだよ。」
全く聞き覚えの無い地名、ルーメン。
しかも総本山と言う事は要するにウハヤエ教の本拠地、中心地と言う事だろう。
王都の教会ではなく、わざわざそんなところに帰って行ったとなると、何か縁でもあったのだろうか、それとも状況が落ち着いたからアニエスの様に戦災から逃れた人物を集めて面倒を見ているのだろうか。
「地図あるか、地図?持ってきてくれよ。」
「飯の後でいいだろう。どうせお前の事だからオレが離れた間に嫌いな野菜でも皿に移すつもりだったか?」
「……そ、そんなことねぇよ。」
考え事をしている間にも仲間たちはアニエスの向かった総本山の話で盛り上がる。
ワーズギーが言ったように地図があった方が分かりやすいのは事実だろう。
ルーメンの場所を知っているであろうモルダには食事が終わった後に頼んで教えてもらおう。