かつてとは逆の立ち位置で
「そう言えばアルステッド様は何処だろう?」
継承の儀が終わって前ラディウム公が場を後にしてから彼の姿を見ていない。
ユーステッドへの挨拶をしに行っている間に、いつの間にかこの場を去っていたようだ。
弟との関係は良好とは言えないかも知れないが、それでも彼の性格的に一声掛けに来ると思っていたのだが……
「兄上の事だ、恐らく父上に付いて行ったんだろう。家長を重んじるのは結構な事だが、昔から度が過ぎている。」
「公爵。」
「分かっている。これ以上苦言を呈する気はない。それに兄上が王都に行かれれば、いずれは落ち着かれるだろう。」
僅かに眉をひそめながら自身の兄に苦言を呈するユーステッド。
それが続く事の無いように釘を刺すかの如く、マークが短く、しかしはっきりと彼に呼びかけた。
それに対してユーステッドは頷き、臣下の進言を聞き入れる。
距離を置く事で、この兄弟の仲も多少は改善される事を願うばかりだ。
一方、ラディウム城の裏手にある、公爵家の縁者が眠る墓地にて。
「ここを訪れたのは、あの日以来だ……。」
「父上……」
「私は彼女の死を認められなかった。直視できなかった。公爵として、ただ領の事のみを考え、この墓地を避けていた。」
晴れた空に照らされながらも、前ラディウム公の顔は曇っていた。
そんな彼の後ろには、掛ける言葉に悩む彼の息子が居た。
前ラディウム公はゆっくりと口を開いて独白を始める。
「だが、その地位も今日退いた。私は、私は間違っていたのか?彼女の死を認められなかったことは間違いだったと認めよう。そもそもあの日、彼女を先に帰らせたこと自体が間違っていたのだ。しかし私は私の治世が間違っていたとは思わない。自らが信じる道をひた走り続けた。そもそも間違いとは何なのだ?分からない。分からないのだ。あぁジェーン、すまない……。すまない……私が不甲斐ないばかりに……」
「父上、私は何が正しいのか、何が間違っているのか、そもそも絶対的な正しさがあるのかすら分かりません。ですが、父上の採った政策で救われた人々がいる事は間違いありません。ですから、どうかそのように涙を流さないで下さい。」
懺悔するように膝を付いて墓石に向かって話し掛ける前ラディウム公。
彼が今は亡き妻の名を読んで悔恨の言葉を告げる頃には、その声は嗚咽が混じっていた。
そんな父の姿を見たアルステッドは、かつてとは逆の立ち位置で自身の父を抱きしめて慰める。
静謐とした墓地で親を抱きしめる子を、天から降り注ぐ陽の光が照らしていた。