幕間:ラディウム公 後編
「なぁ兄貴、今なんて言った?」
「大事な話なのだからしっかり聞いておけ。どのような言葉で結婚を申し込めば良いだろうかと悩んでいるのだ。お前はどう思う、ランドルフ?」
「おい馬鹿兄貴。」
「馬鹿とはなんだ!馬鹿とは!」
いつもの様にラディウム公はランドルフに恋愛相談をしているが、今回ばかりは彼も耳を疑ったようで聞き返す。
そして聞き返した結果、その内容は馬鹿と評価されるものだった。
「あんたらが出会ってからどれくらいの時間を共に過ごした?」
「二か月、と言ったところか。話をしている限りではかなり好感触だと思うのだ。」
「そりゃ兄貴が恩人ってのと上客って補正があるからだろうな!だが一人の異性として想いを馳せられてるって限らねぇぞ。」
「縁起でもない事を言うな!」
「正論だよ!そりゃオレだって兄貴の幸せは願っちゃいるぜ?だけどよ、もう少し段階踏んでからでも遅くはねぇんじゃねぇか?それとなく食事に誘うなり何なりして距離を縮めりゃ良いじゃねぇか。」
「いいや!私はこの熱い想いを伝えずにはいられない!」
「話すだけでも緊張してる奴がよく言うぜ……。もう好きにすりゃ良いんじゃねぇか?」
「しかしどのような言葉で伝えるかに悩んでいるのだ。」
「自分で考えろ。」
諭すように兄に助言をするが、彼が弟の言葉に耳を傾ける事は無く、しかし相談は受けてほしいと言う自分勝手な振舞いに呆れたランドルフは、ラディウム公を見放して部屋から追い出した。
ラディウム公は憤慨しながらも告白の言葉を考えつつジェーンの花屋へと向かうのであった。
「アルバートさん!いらっしゃいませ!」
「やぁ、ジェーン。その……少し良いかな?大事な話がしたいんだ。」
「大事な話、ですか?ちょっと待っててくださいね。」
ラディウム公を迎えた彼女は、彼から大事な話と聞くと首を傾げた後に店の入り口の看板を裏返して『準備中』の表示に変える。
そして向き直るとラディウム公は話を始めた。
「君はこの街の名前、『ジュテーム』の由来を知っているか?」
「?いいえ、知らないです。」
しかし唐突に街の名前の由来を尋ねられ、またしても首を傾げるジェーン。
頭に疑問符を浮かべながらも素直に知らない旨を伝える。
「この街の名は初代様、私のご先祖様が名付けた。当時の国王陛下への気持ちを込めて『愛している』と言う意味の、彼女の祖国の言葉で。故に君にこの言葉を贈ろう『ジュテーム』。」
ラディウム公は緊張しながらも考えてきたプロポーズの言葉を彼女に告げた。
「あ、愛……って初代様?ご先祖様?え、えぇぇぇぇ!!?アルバートさんって領主様だったんですか!?」
しかしその反応は告白とは別の点に対する驚愕であった。
「あぁ、言っていなかったか。」
「初耳ですよ!」
「確かに私には公爵としての立場も、領主としての責務も……いや違う、こんな事を言いたいんじゃない!」
彼女の反応に話が逸れそうになり、ラディウム公は軌道修正をする。
しかし考えてきた言葉に対して想定とは違う反応をされ、これ以上どう言葉を紡げばいいのか分からずに……
「えぇと……私がどのような立場であったとしても、一人の人間として、君が、好きだ。愛している。『ジュテーム』。どうか、私の、伴侶となってはくれないか……?」
「アルバート、さん……」
顔を赤らめて自らの心の内をたどたどしく打ち明けた。
「わたし、貴族の生活も、礼儀も、作法も、何も分かりません。」
「……そう、か。」
彼女の返事は自分が何も知らないと言う事だった。
それを聞いたラディウム公は静かに肩を落とし、
「でも貴方が不器用で、優しくて、わたしの事をどう思っているのかは伝わりました。『ジュテーム』。幸せにして下さいね?」
「……!あぁ!あぁ!もちろんだ!必ず幸せにすると誓おう!」
続く言葉を耳にして歓喜に満ち溢れ、彼女を優しく、しかししっかりと抱きしめた。
盛大な結婚式が挙がり、その一年後には子宝にも恵まれ、彼はこの後も幸せが続いて行くものだと思っていた。
悲劇に見舞われることなど露知らずに。