帰らぬ人となった
「かつて、父上は側近たちの反対を押し切り転生者を伴侶とした。」
「その人が……」
「あぁ、ジェーンと言う名の女性。私たちの母上だ。」
ジェーン婦人は俺たちと同じ転生者だったようだ。
転生者が貴族に見初められた事に僅かに驚きながらも、それ以上は口を挟まずにアルステッドの話の続きを待つ。
「母上は溌溂で活動的な女性だった。母上と父上の仲は睦まじく、私が物心付いた頃もそれは変わらなかった。幼い頃は政務で忙しい父上に代わってよく遊んでもらったものだ……。」
懐かしむような声色でされる昔語りは、彼の醸し出す雰囲気からも、暖かい、良い家族だったことが窺える。
「そして今から十五年前、弟が生まれて一年近く過ぎた頃の事だ。」
しかし話が続くうちに徐々にその雰囲気も霧散していき、ユーステッドの誕生後に至る頃には重みを帯び始めた。
「本土での会合に父上と母上が参加した。父上は外務もあってしばらくラディウムに戻れなかったが、母上は一足早く戻る事になった。その際に、嵐に遭って……母上は帰らぬ人となった……。」
彼の口から語られたのは悲劇であった。
ジェーン婦人とラディウム公の間に何らかの形で因縁があったものかと思っていたが、あの時震えていた彼の肩は怒りではなく、悲しみ故だったのか……。
「その事を知った父上は大いに慟哭し、嘆き悲しんだ……。私もまた父上と同様に悲嘆に暮れたものだ……。」
周囲の反対を押し切って結婚した最愛の妻、幼少期から愛情を注がれて可愛がってもらった母親、そんなジェーン婦人を失った彼らの悲しみは想像を絶するだろう。
「私はあの日々が未だに忘れられない。父上と、母上と、私、幼い弟の家族で過ごした日々を……。」
「アルステッド……。」
実際に親を失った経験の無い俺には、同情も慰めも仕様がない。
仮に何らかの言葉を掛けたところで、それは軽い物にしかならないだろうし、却って傷付ける事にすらなりかねない。
それ故に懐かしさと悲しさが織り交ざったアルステッドの言葉に、俺は彼の名前を呟く事しか出来なかった。
「きっと父上もまた、母上の事を、そして母上を失った時の悲しみを忘れられないのだろう……。」
「だからあんなに迫力があったのか。」
心の奥にしまってあった悲しみを掘り起こされては冷静に話し合う事など出来まい。
頭を冷やせと言われて投獄されたが、真に頭を冷やす必要があったのはラディウム公の方だったのかも知れない。
もっとも、知らなかったとは言え勘気に触れた事に違いは無いし、もう一度対話を望む事は難しそうだが。