ラディウム公の下へ
マークが渡りをつける為に小屋を後にして、外が夕暮れに照らされる時間に彼は戻ってきた。
「若様、お待たせ致しました。」
「お、戻ったか。」
「裏口の者を説き伏せて参りましたが、家宰に感付かれる恐れもありますので早急に向かうのがよろしいかと。」
「助かるぜ。すぐにでも行くとしよう。」
小屋を出てラディウム公の居城に向かう道すがら、俺は声を掛けられた。
「ん?よぉ、リョータじゃねぇか。」
声の主は以前知り合った宿屋の親父、ライアンだった。
彼は何やら喜ばし気な雰囲気を漂わせながら、こちらに近づいて話し掛けてくる。
「なぁ、聞いてくれよ。」
「悪い。今は急いでるから、また今度聞かせてもらっていいか?」
しかし今は急がねばならない状況。
彼には悪いが、待ったを掛けさせてもらった。
「そっか、そんなら仕方ねぇな。時間がある時にでもうちの宿屋か弟の飯屋に顔を出してくれや。」
「あぁ、分かった。近いうちに訪ねさせてもらうよ。」
ライアンは少々残念そうに肩を落とした後、ニカっと笑みを浮かべて俺を見送る。
ラディウム公との面会が終わったらディヴェラに戻る予定だったが、その前に話を聞きに行くとしよう。
「彼は?」
「あぁ、あいつはライアン。この街で宿屋をやってる転生者だよ。」
「ふむ……。」
「なんだマーク、どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません。先を急ぎましょう。」
ユーステッドに尋ねられ、簡単にライアンの紹介をする。
すると何やらマークが去って行った彼の方を一瞬振り返って意味ありげな反応を示す。
その反応にユーステッドも気になったようで問い掛けるが、マークははぐらかして足を速める。
結局あの反応は何だったのか分からず仕舞いでラディウム公の居城に到着するのであった。
「こちらへどうぞ。主に使用人が使う通用口ですが、衛兵を含めて人払いをしております。しかし公爵閣下の執務室前の護衛だけは私の権限ではどうにもなりませんので、彼らには若様が直接ご命令を。」
「良くやってくれた。そこまでしてくれれば上出来だ。」
「これ以上の同行は見咎められるとマズいので、私はここで失礼致します。」
城内へと入るとマークは立ち止まり、別行動をする旨を告げる。
確かにユーステッドの為にここまでしてくれたが、最悪彼の家出の手引きをしたと思われる可能性もある。
そう考えるとここで別れるのも理解できる。
そして彼はこちらを向いて、
「それとユーキ・リョータ、くれぐれも……」
「分かってるよ。変な真似はしない。ラディウム公にもユーステッドにも危害は加えない。」
警告をしようとしてきた。
この短時間で信用が得られるとは思っていないが、それでもわざわざそんな事を言わなくても良いのでは、と思ってしまう。
そもそも、そんな大胆不敵な事をするような勇気や胆力は無い。
俺は両掌をマークの前にかざし、懸念を否定して彼と別れた。
「この上が父上の執務室だ。行こう。」
そしてユーステッドに先導されて城内を進み、僅かに強張った表情で彼は階段を指し示してそう告げた。