家出のお説教
「若様、戻られて早々に苦言を呈させて頂きますが、『ジュテームの六番通りにある料理屋の裏の小屋で待て』とだけ記した書置きを残して姿を隠すなど何を考えておられるのですか?御身は決して軽率な行いが許される立場では無いのですよ。若様にもしもの事があれば、その責を私はどう償えば……」
「済まなかった!オレが悪かったから、そう怒るな。」
「これが怒らずにいられますか。公爵閣下も兄君も私も、どれほど心配した事か……」
ユーステッドはマークと呼ばれた家臣に謝っているが、それでも彼への怒りは収まりそうにない。
まぁこれまで貴族らしい側面はほどんど見せてこなかったが、それでも彼はラディウム公の息子なのだし、マークがここまで心配するのも当然と言えば当然だ。
「何も危険な所にいた訳では無い。叔父上に会いにディヴェラへ向かい、しばらく滞在していただけだ。」
「ディヴェラ!?あそこは海賊行為を働く不敬者どもの根城です。ランドルフもかつてこそ領邦軍を率い『海の覇者』と呼ばれるほどの猛者でしたが、公爵閣下から絶縁されて追い出されるような頑迷な武辺者。危なくない訳が無いでしょう。」
「マーク、口を慎め。あくまでも彼らは我らの民であり、叔父上もまた意見の相違から父と対立こそすれど、その実力、功績共に誹るべくもない。」
「しかし……!いえ、失言でした。その点については撤回させて頂きます。ですが若様が何日間も行方知れずだった事実に変わりはありません。そもそも若様は昔から……」
自身は問題無かったとユーステッドは語るが、ディヴェラの名を聞いてマークは目を見開いた。
自身の主が単身、海賊の巣窟と見なされている場所に行っていたとくれば気が気でなかろう。
しかしディヴェラの人々とランドルフを貶められると、ユーステッドは真剣な面持ちでそれを嗜めた。
マークはそれでも言葉を続けようとするも、それを飲み込む。
その上で家出のお説教は続き、終わるまでにはしばらくの時間を要するのであった。
「このような行いは二度としない。今後は改める。」
「ご理解頂けたようで何よりです。」
他人が説教されている中、同じ空間にいるのはいたたまれない。
そんな思いもあり、なんだか長い時間の様にも感じられた。
実際にはどれほど時間が経ったか分からないが、少なくとも三十分以上は経過したように感じる。
しかしその時間もようやく終わったようでマークはこちらを向いて、
「改めまして、お初にお目にかかります。ユーステッドの臣、マークと申します。主の御客人らしいですが、命が惜しければ疑わしい行いはしないように。」
自己紹介と共にこちらを全く信用していない事を告げてきた。