不届き者かと思いましたので
ディヴェラを離れて早三日。
往路は海賊を避けて時間が掛かったものの、復路は街道を通って進んだ為、想定よりも順調にジュテームに到着できた。
まぁ俺より後にジュテームを出たであろうイーリスとイーシャが、俺よりも先にディヴェラに到着していた訳だから当たり前と言えば当たり前だが。
「ここだ。この中にいるはずだぜ。」
「普通と言うか、簡素と言うか、小規模なんだな。まぁいかにも偉い人が居そうって分かるのも問題か。」
ユーステッドに連れられて彼の直臣がいると言う所に向かうと、そこには小ぢんまりとした小屋があった。
それこそジュテームにある『差し伸べる手』の拠点よりも余程小さいほどだった。
少なくとも領主の息子を待つ家臣が待機しているとは思えない程度には。
「マーク、戻ったぞ。」
ユーステッドは扉を叩き、声を掛ける。
しかし一切返答は無く、建物の中からは物音一つしなかった。
それこそ『しーん』と言う効果音が付きそうですらある。
「よし、入るか。」
「え!?返事とか何もなかったぞ!?」
「大丈夫だ。付いて来い。」
それでも彼はそれを気にせずに扉を開いて建物の中に入って行った。
ユーステッドに促され、困惑しながら俺も彼の後に続く。
しかし屋内には誰もいなかった。
「外出中なんじゃないか?」
「いえ、違いますよ。」
「……!」
「静かに、声を出さないように。」
普通に考えて『買い出しにでも行っているのではないか』と思い、それを伝えようとした。
次の瞬間、俺の首元に冷たい金属が押し当てられながら、手で口を押えられる。
そして耳元に小さく、しかしはっきりと脅迫の声が届いた。
あまりの驚愕に一切の呻き声すらも出せずに驚く。
しかしそれは不幸中の幸いでもあっただろう。
僅かでも声を発していれば首を掻き斬られていた可能性もあるのだから。
もっとも、本当に幸いなのであればこのような状況には陥らない訳だが。
「(不運にも偶然、強盗と遭遇してしまったのか?ユーステッドを狙う暗殺者なのか?)」
俺は困惑しながらも脳内で思考を巡らせる。
さりとて予想は出来ようとも解を導き出す事は出来ない。
「マーク、そいつは客人だ。問題無いから開放してやれ。」
「はっ。失礼致しました。」
緊迫した状況はユーステッドの一声で終息した。
彼の命令と共に首元の金属、短剣は降ろされ、解放されたのだ。
「悪かったな、リョータ。」
「し、死ぬかと思った……。」
ユーステッドは軽く謝るが、こちらは気が気では無かった。
自由になった今も冷や汗がダラダラと溢れ出て、心臓は早鐘の様に鼓動している。
「失礼。若様を利用せんとする不届き者かと思いましたので。」
一方、ユーステッドの家臣は悪びれもせずに謝罪の言葉を放ってのける。
『主が謝罪しているのにお前はその態度か』と思わなくもないが、命の危機を脱した今は怒るような気力も湧かないのであった。