ボウズ、名前は?
「何を馬鹿な事言ってんだ、ボウズ?そりゃ海賊行為こそしちゃいるが、それでも殺しは最小限に止めてる。うちの馬鹿共だって暴走しねぇように手綱を握ってる。あくまでも目的は殺しじゃねぇからな。だが反乱なんて起こそうもんなら、いよいよ互いに引っ込みがつかなくなってラディウムは地獄になるだろうよ。」
ランドルフは内戦になれば取り返しがつかない事を理解していた。
とても海賊とは思えないような理知的な瞳をしながら、彼らの長はそれを明確に否定する。
「で、でもラッセルが……」
「なるほどな。ボウズ、テメェ……」
おかしい。ラッセルは内戦において海賊たちが主体となると述べていた。
俺は困惑のあまり彼の名を呟くと、ランドルフは得心が行ったように目を細め……
「『転生者』だろ。」
「……っ!」
断じるように俺の正体を、転生者である事を口にする。
その瞬間、酒場のささやかな賑やかさを保ったまま四方八方から視線を投げかけられる。
敵意とも、興味とも、品定めとも取れるような、そんな視線を。
俺の返答によって、次の瞬間には喧噪は怒号に変わりかねない。
そんな状況であることを理解しながらも、胃の辺りが重くなる緊張感を覚えながらも……
「……そうだ。確かに俺は転生者だ。現地民、この世界に最初から住んでいた人間じゃない。」
「………………。」
俺は嘘偽りなく、ランドルフの目を見て答えを口にした。
彼は俺の視線を受け止め沈黙する。
まるで彼の裁定を待つが如く、周囲の喧噪もまた止んでいた。
「クックック……。ガッハッハッハッハ!」
三十秒か、一分か、それともほんの数秒か、どれほどの間を沈黙が支配したか分からないが、ランドルフは身体を振るわせて大きく笑い始めた。
「ボウズ、名前は?」
「リョータ。ユーキ・リョータだ。」
「気に入ったぜ、リョータ!おめぇ、馬鹿正直だがそこが良い!」
彼は俺の肩をがっしりと掴み、目を見据えて信用を露わにする。
瞬間、酒場の雰囲気は弛緩して先程と同様の喧噪が辺りを包んだ。
「しっかしよく正直に答えたな。リョータの立場からすりゃ、周りが敵かも知れねぇ奴だらけだってのによぉ。それに嘘を吐いたってオレらにゃおめぇが本当に転生者だって証明する手段は無いんだぜ?」
「確かに怖かったけど、それでもランドルフなら話が通じる相手だと思ったし、理解したい相手に嘘を吐く必要なんてないだろ。」
仮に嘘を吐いてこの場を凌いだとすれば、この先も嘘を吐き続ける必要がある。
しかしそれではいつかボロが出るだろうし、バレようものなら俺だけではなく転生者そのものの印象が更に悪くなってしまう。
ならば正直に話した方が良いに決まっている。
「それに何より、ランドルフの内乱を避けたいって気持ちは本物だって感じたし、俺もその考えには全面的に同意する。争いが始まれば実際に戦ってる奴だけじゃなくて色々な人たちが、無関係な人たちですら巻き込まれる可能性があるんだ。転生者だとか、現地民だとか、そんな事関係なく……。」
行方知れずのタガミ先輩、アニエスと親しかった神父さん、他にも被害に遭った人々は数多くいる。
しかしそれらの人々は本来、争いとは無縁の生活を送っていたはずだ。
そんな彼らを巻き込み、悲しませ、苦しませるのが争い、戦争である。
だからこそ、未然に防ぐ事が出来るのであれば力を尽くすべきなのだ。