樽の生還
時間は進み、馬車は往く。
時は決して止まってはくれない。
悩んでいるような時間は無い。
こんな俺でも、先輩が繋いでくれた命を無駄にする訳にはいかない。
「ジャックさん、レオノーラさん。俺、先輩を助ける事を諦めたくない。」
「………。」
「だから、俺にこの世界の事をもっと教えてください。」
「もちろんです。少なくとも最低限役に立ってもらえる程度に賢くなくては困りますからね。」
先輩は連れて行かれてしまった。
しかし何も死んだ訳ではない。
まだ希望があるなら、諦める訳にはいかない。
諦めてしまえば、助ける事さえ出来ないのだから。
「ともあれ、それも共和国の範囲内から脱出してからの話です。検問は大きな街にしか敷かれていません。なのでリエフの街さえ出てしまえば一先ずは安心です。」
『そうですね!ここまで来れば、逃げ切ったも同然です!』
「「「!!?」」」
樽の中から声が聞こえた!?
さっきニコライにナイフを投擲されて殺されてしまったかと思ったが、生きていたのか!?
「え?でもナイフがぶっ刺さってるんだけど!?」
『これも主のご加護ですね!中でずっとクロスを掲げてお祈りをしていた甲斐がありました!』
「声一つ上げないで死んでくれたのが不幸中の幸いと思っていましたが、生きていたんですね。それにしてもナイフが刺さった時、よく悲鳴を上げませんでしたね。貴方がそんなに我慢強いとは知りませんでしたよ。」
『死んだことを不幸中の幸いって思わないで下さい!悲鳴を上げなかったのはナイフがクロスに刺さった衝撃で、クロスを頭にぶつけて気絶してました!』
さっきまで気絶してた割に元気過ぎないか?
いや、無事に樽の中の人が生きていた事を喜ぶべきだろう。
「こいつぁ驚いたぜ。まさか生きてたとはな。」
『私も目を覚ましたらクロスにナイフが刺さっていてビックリしました!とりあえずこのナイフを抜いてもらっても良いでしょうか!結構怖いです!』
「あ、あぁ。うん、分かった。」
マジで元気過ぎないか?樽の人。
でも、もしかしたら死の恐怖からテンションがおかしくなってるか、空元気の可能性もあるな。
「生きてるのは分かりました。怪我が無いのも分かりました。黙っててください。」
『そんな!酷いです!検問を抜けたって、聞こえてましたからね!ちょっとくらい喋っても良いじゃないですか!』
「喋り続けるって事は、馬車から蹴り落されるのがお望みなんですね。」
『…………。』
樽の人はレオノーラさんに脅されて黙らされる。
あのテンションが素なのかも知れない。
だとしたら、うん。少なくとも今は静かにしてもらっていた方が良いだろう。
「リョータ。早速ですが、レクチャーです。」
「え?は、はい。」
「この樽から声が聞こえたら馬車から蹴り落すように。」
「でも………」
「良いですね?」
「はい!」
樽の人に原因があるのは分かるが、蹴り落すのは躊躇われる。
それを伝えようとするとレオノーラさんから笑顔で圧を掛けられる。
怖い。