無事に出る事は適わないだろうね
ランドルフと別れ、俺は彼が指定した酒場へと向かう。
食事時となる昼を過ぎた現在の店内には客はおらず、店主がテーブルを拭いていた。
「いらっしゃい。おや、見ない顔だね。旅人さんかい?」
「あぁ、手紙を届けに来たんだ。それとランドルフって爺さんからここの空き部屋に泊まってくれって。」
店主は来客に気が付くとこちらに向き直って歓迎の言葉を口にする。
俺は彼にランドルフから聞いた事を話すが……
「そうかい。それなら二階に上がって突き当りの部屋を使ってくれ。」
「……俺が言うのもなんだけど、そんなあっさり泊めてくれるのか?」
「はっはっは!嘘ならそれはそれで構わんよ。」
あまりにも問題無く話が通り、俺は唖然とする。
物証を提示した訳でもないのに信じる店主は大らかなのか適当なのか、かえって不安になり、それについて聞いてみると彼は嘘でも良いと笑って答えた。
その答えから店主はよほどのお人好しかと思ったが……
「ランドルフさんなら今夜にでも食事に来て話をしてくれるだろうさ。それにあの人の名前を使って嘘を吐いたってんなら……」
「嘘を吐いたなら……?」
「このラディウムから無事に出る事は適わないだろうね。」
「そ、そうなのか……。」
彼は笑顔のまま、しかし背筋をゾッとさせる氷の様な雰囲気を携え、続く言葉を紡いだ。
『嘘でも良い』と言ったのは『嘘なら始末をつけるから問題ない』と言う意味合いだったようだ。
もっとも、俺は嘘を吐いている訳では無いのだから問題は無いわけだが、それでも恐怖を感じずにはいられなかった。
「話は変わるんだけど、ラッセルって人を知らないか?」
この雰囲気を変える為にも本題を提示する。
実現しない恐怖に慄くよりも、建設的な話をするべきだ。
「店長、魚持って来たぜ。どこに置いといたら良いか?」
「おう、ありがとよ。裏手の保冷室に入れといてくれ。」
「あいよー。」
すると入口から桶を抱えた赤毛の若い男が入って来て店長に話しかける。
どうやら食品の搬入のようだ。
ここまでの旅路では狩人に世話になった時以外は保存食だけだったから、ようやくまともな食事を摂る事が出来そうで安心した。
が、今は食事の事よりもラッセルの事だ。
「話を割っちまって悪かったな。で、ラッセルだったか。うちで飲み食いする事はあるが、家の場所までは分からねぇな。」
「うーん、そうなるとお客さんとかに一人一人聞いてくとするか……。」
「おーい!坊、ちょっとこっち来てくれー!」
「どうしたー?」
店主は指示を出した後、こちらに向き直ってから首を傾げて思い返そうとするが、居場所までは分からないようだ。
仕方がないので地道に情報収集しようかと考えていると、彼は魚を運んでいた男を呼び出す。
「おめぇラッセルがどこにいるか知ってるか?」
「ラッセルって、あの釣りの奴だよな?」
「おう、そいつだ、そいつ。」
「そんなら知ってるぜ。」
「この兄ちゃんに案内してやってくんねぇか?」
「おうさ、任された。」
そして俺が口を挟む間もなくとんとん拍子に話は進んで行き、赤毛の男に案内される事が決まった。
まぁ、ラッセルがどこにいるか分かる事はありがたいので、俺から何か言う必要は無いのだが。
「ってな訳でよろしくな!オレはユーステッドだ。」
赤毛の男はユーステッドと名乗り、人懐っこい笑みを浮かべながらこちらに手を差し伸べた。