もう、後輩ではいられない
「………行くぞ。」
「でも、ジャックさん!」
「アイツ一人なら勝てない事も無い。けどな、お前らを守りながら戦うんなら話は別だ。それにここでやり合っても連中の仲間が来るに決まってる。」
徐々に遠くなっていく先輩の背中から目を背け、ジャックさんは出発を言い渡す。
この世界に来てしまった人たちを助ける、『差し伸べる手』のリーダーは非情な決断を下したのだ。
「それによ、こんな事言いたかねぇが、リーダーとしてオレには他にも守らなきゃならねぇ連中がいるんだよ。」
「でも、だからって………。」
言外に、『俺達を守る為にも』と含みを込めて、沈痛な表情で語るジャックさんに、反論の言葉を続けられない。
事実、俺じゃ間違いなくニコライに勝てないと、本能的に理解してしまった。
明確に殺意を向けられている訳は無かったにも関わらず、あの威圧感と見透かされているかのような眼に恐怖してしまったのだ。
「お前だって分かってるだろ。仮にここでドンパチ始めても、勝てっこねぇって事くらいよ。」
「それは…………。」
何も言えない。
さっきだってそうだった。
恐怖に負けて、止められなかった。
「言い合いをしている場合ではないでしょう。ジャック、私は貴方の案に賛成です。貴方はリーダーとして、簡単に命を投げ出すような真似は許されないのですから。」
「あぁ、分かってる。」
レオノーラさんが仲介に入ると、ジャックさんは前に向き直って馬車を駆る。
「リョータ、お前はシンディとの別れ際に、言われただろ。『後は頼んだ』って。」
「はい………。」
「確かに、俺達を守るための強がりだったかも知れねぇ。でもな、そう言われたからには生きて、生き延びて、とにかく諦めないで進んで行くしかねぇだろう。」
「でも、俺なんか、先輩と比べて頭も良くないし、勇気もないし………。」
「なぁ、リョータ。最初っから強ぇ奴なんていねぇんだよ。」
「え?」
「シンディだって、この世界に来たばかりの頃はお前みたいに何にも知らねぇ、自信もねぇ、迷子のガキみてぇだったよ。」
信じられない。
元の世界にいた頃から、タガミ先輩は強くて、賢くて、優しかった。
きっとこの世界に来てからも、持ち前の才能で生き延びて来たんだと思っていた。
「でもよ、あいつは色んな事を学んで、成長したんだ。聞いた話じゃ、お前やシンディのいた国じゃ『ギムキョーイク』ってのがあるらしいじゃねぇか。そのおかげで地頭はオレなんかよりもよっぽど良いんだぜ。いつかはシンディにリーダーの座を譲ろうって思ってたくらいだよ。」
「ジャックさんだって、色んな事を知ってるじゃないですか。」
「生憎とオレは元の世界じゃ勉強なんてした事なくてな、こっちに来てから前のリーダーのロッキーに色々教えてもらったんだよ。まぁそれは置いておくとして、だ。」
義務教育は確かに受けてきたが、それでもジャックさんは俺なんかより色んな事を知っている。
この世界で生きていく上で必要な知識すら持ち合わせていない状態から、先輩の様に評価されるほどに成長できる自信なんて無い。
そんな事を考えているとジャックさんは言葉を続ける。
「オレが期待してたシンディに後を託されたリョータは、何もしないで、悲しんで、腐ってるのか?それならそれで構わねぇさ。最低限働いてりゃ組織には属していていい。」
ジャックさんは『けどな』と繋げる。
「お前は本当に、それで良いのか?」
馬車を駆っているのでジャックさんの表情は見えないが、『諦めるな』と背中で語っているような気がする。