助けられない後輩
「しかし信頼できる兵士はどこかに居ないだろうか……。そうだ!君たちの様に前線を支える為、危険を省みず同志を助けんとする勇気と友愛の持ち主を招けば良いんだ!」
「しかし、各地に物資を運ぶ者は必要かと。特に軍とは別に、民間の状況を良く観察し、分析する者が。」
「そうだね。もちろん、私は商人だからと差別したりはしないさ。けど、諸君の中から、一人くらいは協力者を募っても問題は無いだろう?国内の治安維持も大切だし、何ならこの街の警備が一人減ってしまったから、補充の人員にしても良い。前線に送り出す訳でも無いのだから、諸君が無事に交易から戻ってくれば、いくらでも会えるだろう。」
「…………っ!」
白々しく振舞うニコライに対し、レオノーラさんは自分たち商人の必要性を説く。
しかしそれでもニコライは食い下がり、人員の供出を要求する。
「そこの君なんて逞しい身体つきをしていて、兵士に向いているんじゃないか?」
「いえ、彼は私たちの中で馬車を操る事が出来る唯一の人材です。それに見た目通り力も強く、危険な前線において兵士の方々の手を煩わせない為の護衛役でもあります。引き抜かれては、交易に支障が出るかと。」
「なるほど。君はこの一団のリーダーだろうし、引き抜くわけにもいかないか。それならそこの彼は………いや、失礼だがとても兵士には向いていそうにないな。」
ジャックさんが引き抜かれそうになるが、レオノーラさんが理由を話し、どうにかそれを阻止する。
レオノーラさんもリーダーと言う理由から難を逃れ、俺も何故か兵士は不向きそうだという理由で見逃される。
さっきの兵士もそうだけど、そんなに頼りなさそうな顔つきをしているだろうか。
もっとも、この場においては難を逃れる事が出来たので幸運と思っておきたい。
しかし、ジャックさんもレオノーラさんも、そして俺も見逃してもらえたとなるとニコライが目を付ける人物は………
「となると、そちらの彼だ。中々に良い眼をしている。祖国を守らんとする勇士の眼だ。どうだい?君も祖国の為に尽くす栄誉を授かっては。」
「………。」
タガミ先輩だった。
どうにか、どうにかならないのか?
物語の主人公だったらご都合主義で上手い事話が進むのに、俺には何も良いアイデアが思い浮かばない。
緊迫感と焦燥感で頭が回らない。
「まさかとは思うが、祖国に尽くす最高の機会を棒に振るなんてことは無いだろう?ましてや、祖国から逃げ出すような恥知らずな真似をする訳が無いだろう?」
「………もちろんです。」
拒否権なんて無い。
もしも拒否なんてしようものなら、明確に、間違いなく、眼前の人物は脅威に成り得ると分かってしまう。
そして俺達じゃニコライには敵わない。
ジャックさんなら、もしかしたら勝てるかもしれないが、仮にニコライを倒したとしても追手から逃げ切れるとは限らない。
この場は振り切れたとしても、この先に検問が無いとは言い切れない。
俺は、俺はどうしたら良いんだ?
「タガミ先輩!」
「ユウキ、後は頼んだ。」
どうすれば良いのかなんて分からない。
分からないけれど、先輩を呼んでいた。
しかし先輩は掌で俺を制止して、『後は頼んだ。』とだけ、短く告げる。
「同志諸君、ご協力に感謝するよ。それでは行こうか。」
「はい。」
タガミ先輩はニコライに連れて行かれる。
止められなかった。
昨日、ジャックさんに貰った剣の柄を握る勇気さえ無かった。
目の前の脅威に抗う勇気さえ無かった。
空は陰鬱なほど、燦燦と晴れ渡っている。
これが物語なら、主人公の心境に合わせて雨でも降っているだろうに。
この世界に来て、主人公になったような気分だった。
騙されて、拾われて、勉強して、賢くなったつもりになっていた。
今度は自分が皆を助けて、大活躍するんだと、心のどこかで思っていた。
でも、これは現実なんだ。
俺は主人公なんかじゃない。
助けてくれた先輩に恩返しすらできず、それどころか見捨てるような、無力な人間だったんだ………。