治安維持委員と後輩
「ちっ、せっかくの出立式だと言うのに、なんで俺達はこんな商人どもを相手にせねばならんのだ。わざわざ兵士として志願してやったってのに!それがこんな所で!」
「おい、口が過ぎるぞ。どこで誰が聞いてるか分からないってのに。」
「知った事か!大体、貴族共がいなくなって生活が楽になるかと思ったら税は変わらず、上の人間が変わっただけじゃないか!挙句の果てには反乱軍にだって苦戦して!」
「おい!」
賄賂を受け取った方の横暴な兵士は愚痴を垂れ流している。
愚痴を言うのは構わないんだけど、とにかく通してほしい。
何か言って変な難癖でも付けられたら堪らないから黙っているしかないが。
それにそもそもレオノーラさんからは黙っているように言われているし。
「ふむ、なるほど。つまりは同志、君は祖国に不満がある、と言う事だね?」
「は?」
「良く分かったよ。ゆっくりと同志の意見を聞かせてもらおうじゃないか。」
「なんだ、お前は?仕事の邪魔をするんじゃない!」
「バカ!腕章を見ろ!この人は………」
「やぁ、私はウラッセア共和国治安維持委員の、いやURPと言った方が分かり易いかな?URPのニコライだ。」
「え!?な、なんでそんな奴がここに!?離せ!離してくれ!違うんだ!何かの間違いだ!」
「連れて行け。」
どこからともなく、街の影が溶けるかのように、黒い外套に『URP』と書かれた腕章を付けた小柄な黒髪の男が現れ、彼を先頭に、同じような恰好の男たちが数人続いて現れた。
彼らは横暴な兵士を連行していき、ニコライと名乗った男がこの場に残る。
「お騒がせしたね、同志諸君。」
「いえ……。」
「どうにも最近は愛国心の無いクズ共が密偵を紛れ込ませているようでね。しかし安心してほしい。我々が諸君らの日常生活を守ると保障しよう。…………愛国心の無いクズ共の下に行かない限りはね。」
ニコライは表情こそ笑顔だが、その目は全く笑っていない。
少なくとも敵意は無いようだが、背筋が凍る。
蛇に睨まれた蛙のような気分になってくる。
「おっと、手が滑った。」
「!?」
表面上は朗らかに話をしていると突如、ニコライはナイフを樽に投擲する。
『ドガッ!』と言う衝撃音は、ナイフの刺さった深さを、樽を目にせずとも理解させる。
しかしこの樽の中には誰もいない、と言う事になっている以上、沈黙を保つしかない。
「いきなり何を!?」
「失敬失敬。もしよろしければ、そちらの商品の方を補填しようか?」
「い、いえ、大した物は入っていないので大丈夫です。」
どんな人物が入っているか分からないにせよ、樽に隠れさせている時点で見つかったらマズいだろう。
レオノーラさんもニコライの申し出を断り、何事も無いかのように振舞う。
そして声一つ聞こえなかったという事は、恐らく悲鳴を上げる間もなく………。
「そうかい?あぁ、そうそう、これは全く関係の無い話なのだけど………昨今、教会の関係者亡命を図っていると言う噂を耳にしてね。」
「我々はそのような情報は聞き覚えがありませんね。」
「そうかそうか。ではもしもその様な不届き者を見かけたら我々URPに通報してほしい。祖国の安寧の為にも、ね。」
「もちろんです。祖国の安寧の為に………。」