旅立つ君へ
『差し伸べる手』で宴が行われた翌日。
「やぁ、ジャック。」
「よぉ、フリード。」
二人の男が海岸で邂逅していた。
「銃弾がギリギリ心臓を避けるだなんて、呆れた運の良さだね。それともジョセフの射撃の腕がへぼだったのかな?」
「シャゲキがなんだか知らねぇが両方だろ。それとオレにはこの筋肉があるからな。」
「むしろその筋肉のせいで心臓の横に銃弾が残る事になったんじゃないかい?いっそ貫通していたら……」
「ま、医者がどうしようもねぇってんなら仕方ねぇだろ。」
それぞれは軽口を叩き合いながらも、どこか寂し気な雰囲気が漂う。
フリードは口惜し気に、ジャックは割り切った姿勢で彼の体調に向き合う。
「ところでそんな船で、いや船と呼ぶ事さえ烏滸がましいボートで海に出るつもりかい?もう少しまともな船も用意できるけど。」
「これくらい気楽なので良いんだよ。そもそも船長なんて柄じゃねぇっての。それに運が良けりゃエウリアなり、どっかに辿り着けんだろ。」
「十中八九、魚の餌になるだろうけどね。」
「相変わらず歯に衣着せねぇなぁ。」
「事実を事実として述べているまでさ。」
フリードはジャックの傍にある船を見て提案するが、ジャックは首を横に振る。
まさしく『運が良ければ』問題は無いだろうが、普通に考えれば正気を疑われるか自殺志望者と思われるような船であったが、彼はそれで良しとしたのだ。
「それじゃ、そろそろ行くとするぜ。」
「あぁ、これまでお疲れ様。もしも向こうにロッキーがいたらよろしく言っておいてくれ。」
「おうさ。最後まであの人に会えなかったのは残念だが、気の良いバカ共と暮らすのも悪くなかったぜ。お前は『夢』を叶えろよ、フリード。それと……」
「分かっているさ。『差し伸べる手』の事は任されたよ。しっかり利用させてもらうから安心してくれ。」
二人は握手をして、最後に言い残す事の無いように言葉を交わす。
最後まで本音を隠す事のないフリードは暗に『変わる事無くジャックの大切な物と向き合う』と告げ、リーダーは柄では無いと常日頃から言っていたジャックは最後まで『仲間』を気に掛ける。
「お前なぁ……。まぁいい。じゃあな。」
「さよなら、ジャック。ゆっくり休んでくれ。これは旅立つ君へ、僕から最後の贈り物だ。」
ジャックは呆れながらも笑みを溢し、船に乗り込む。
フリードは穏やかな表情でそれを見送り、片手に持っていたフルートを口元に添える。
巨漢を乗せた船は海へと漕ぎ出し、水平線の向こうに見えなくなるまで、海岸には優男の贈り物が鳴り響いていた。