蛮勇
騙し討ち。
正直言って褒められた手段では無いし、行うべき手段ではないだろう。
しかしジョセフは今、拳銃を手放して机に置き、こちらに手を差し伸べている。
この機会を逃したら間違いなく彼を捕らえる事はおろか、倒す事すら出来ない。
俺は掌に汗をかいて緊張しながら一歩一歩と進み、距離を詰める。
「元の世界に戻る、か。確かにそれは魅力的だな……。」
「そうだろう。私は元の世界に戻り、皆を導かなくてはならない。君もまた何らかの夢や理想、計画があった事だろう。」
ジョセフは嬉しそうに表情を緩め、確実に隙は生まれていた。
僅かに躊躇いの感情を覚えるが、俺が決着を付けなくては……!
覚悟を決めたその瞬間……
「ここかジョセフーーー!!!」
「ジャック!?」
ジャックが執務室に突入して来た。
彼がニコライを撃破して無事だった事を喜ぶ気持ちと、彼の突入にジョセフが警戒して騙し討ちは成功しない事を理解し、タイミングの悪さを呪う。
そして悪い流れは続く。
「おう、リョータ!お前もいたか!そんでテメェが親玉だな!うおぉぉぉぉぉ!」
「待て!ジャック!」
ジャックはジョセフの姿を視認するや否や、拳銃の存在を知らないのか蛮勇とも言える勇敢さで突撃する。
それを慌てて制止するが、時すでに遅し。
「ふん、貴様のような知性の無い愚か者が障害となるのだ。死ね。」
「ぐっ!」
「ジャック!」
ジョセフの放った弾丸は、ジャックの胸元を貫いた。
彼の胸元からは鮮血が流れ、身に付けていた服を赤く染める。
「おいおい、この程度で、オレが、止まると、思うなよ!」
「なんだ、こいつは!?化け物め!」
しかしジャックは負傷をものともせず、ずんずんとジョセフへ詰め寄っていく。
予想外の事態に狼狽えながらジョセフは更に引き金を引いて発砲するも、動揺は照準を定めさせず、外れ、掠め、致命傷となる箇所には当たらない。
「うぉっ!?」
それでも彼の放った弾丸はジャックの持っていた剣に当たり、弾き飛ばす事にどうにか成功した。
片や素手、片や拳銃。
それでもジャックは止まらない。
「剣が、無くたってなぁ、戦えんだよ!」
その戦力差はどうしようもないはずなのに、何故か後者の方が押されているようだ。
「来るな!来るな!来るな!……くっ、弾が!?」
一歩、また一歩と距離を詰める。
ジョセフはひたすらジャックに向けて発砲するが、遂には弾が尽き、カチカチと虚しく音が鳴るのみになった。
そして……
「ふんっ!」
「がっ!」
ジャックはジョセフの胸倉を掴み、引き寄せ、頭突きした。
ガツンと鈍い音が部屋に響き渡り、衝撃によってジョセフは意識を手放す。
「くっそ、変な事、しやがって……。」
「ジャック!血が!」
「ちっ、少しばかり、休ませて、もらうぜ。後は任せた…………。」
諸悪の根源を撃破したものの、ジャックが負ったダメージが消える訳では無い。
むしろここまで動く事が出来たのが不思議なくらいだ。
彼は短く言い残すと、ゆっくりと床に膝をついて倒れ伏した。