幼女魔王と凶悪勇者
「魔王ヤミリーナ様、たった今勇者アルベスのレベルが最大になりました。詰みです。逃げましょう」
本日、とうとう勇者のレベルが九十九に達してしまった。我のレベルは七十五ほど、つまり終わりである。負け確定だ。しかし我にはまだ策がある。
「ふふふふふ、甘い、甘いぞゾルデよ! 我にはまだ手はある!」
側近であるゾルデに言う。そう、魔王である我には無敵の策があったのだ!
「なんと、それは本当でございますか! さすが魔王様! それで、秘策とはいったいなんでございましょう?」
「それはな、勇者が来てのお愉しみじゃ!」
――
――――
――――――
「魔王! お前の命も今日で終わりだ! 出てこい!」
勇者らしからぬことを言いながら扉を開け放つ勇者アルベス。正直命の危機を感じるが、今の我はまさしく無敵の存在である。堂々と隠れずに出て行ってやろう。
「よくぞ逃げずに来た勇者よ!」
玉座の裏から我は姿を現す。物陰から出てきている時点で堂々としていないが、ツッコミは無しだ。魔王にだって恐怖という感情はあるのだから。
「ギガスレイドスラッシュ!」
「うおおおおおおおおおおい!」
不意に放たれた剣撃から身をよじって避ける。話し始めたばかりだというのになんと血の気の多い勇者か。
「まだ我の台詞の途中じゃろうが! 早いわ!」
「問答無用! 今すぐ死ね!」
今すぐ死ね!?
「ちょっと、主は勇者であろう!? 我は魔王であるぞ、そこらの雑魚敵と同じような扱いは止めてもらおう!」
「笑止! 老若男女魔王雑魚敵平等! ギガスレイド――」
待て待て待て、これでは話が違う。この勇者、ためらいなく攻撃してくるではないか!
我は内心焦りながら口を開いた。
「その攻撃、止めておいた方がよいぞ! 今の我の姿を見よ!」
手を広げて全身をアピールする。艶のある深紅のツインテールに釣り目がちのルビーのような紅い瞳。幼子のような低い身長に小さなお胸。これはどう見ても可愛らしい幼女の姿だ。口を開けばかすかにみえる八重歯もポイントである。巷では我のような奴を【メスガキ】という愛称で親しまれているらしい。
「……」
よしっ、やはり効果はあったのじゃな。勇者は剣を振るのを止めおったわ!
「どうじゃ、可愛い可愛い幼女の姿じゃぞ? 主の世界では――」
「ギガスレイド――」
「ちょっと待てええええええい!」
「断る。ギガスレイド――」
「だから待てって! あれだ、ちょっとだけ待ってくれたら褒美をくれてやろうぞ! その後に我を倒せって、な?」
我の秘策より効果は薄いと思うが、とりあえず賄賂を提示して攻撃の手を止めてもらおうとした。これが効いたらなんとちょろい勇者よ。
「……」
剣を下ろして話を聞く態勢になる勇者アルベス。ちょろい勇者だったようだ。
「よしよしよし、いいぞ。ようやく我の話を聞く気になったか?」
「いくら払う?」
へっ?
「なんじゃ?」
「褒美はいくら払うんだ?」
「現金なやつじゃな。本当に勇者か?」
これではまるで我らと同じ魔族ではないか。まったく、こんな奴が勇者とは聞いてあきれるの。
「ギガス――」
「すまんすまんすまん! 5億だ! 5億でどうじゃ!」
「5億、5億か……足りんな。ギガスレ――」
足りんじゃと!? 我の貯金の半分じゃぞ!
「なら10億でどうじゃ!」
「……」
凶器を下ろす勇者。これではまるで強盗ではないか。我は今強盗に遭っておるのか?
貯金を全て失くしたことよりも、そっちのショックがデカかった。こいつのことをもはや勇者とは思わない方がよさそうだ。
「それはいいという合図か? よしよしよし。いいぞ。いい子じゃ」
「……」
どうどうどうと落ち着かせるように話しかける。そう、警戒している猛獣を相手取るように。優しく、ゆっくりと。
「どうじゃ、我の今の姿を見て何か思うものは無いのかの? こんな愛らしい子を今の主は殺そうとしていたのじゃぞ? 可哀想だとは思わんか?」
「思わない」
「即答じゃな。ほらっ、主の世界では児童虐待防止法とかなんとかあったじゃろう? 今の我を殺せば世間はどう思うのかの?」
「……時間切れだ。ギガス――」
「15億! 追加で15億払う!」
「……」
向こう一年ほどの小遣いがこれで無くなった。ほしい玩具があったのだが、しばらく我慢だ。
「ほら、よ~っく我の姿を見るのじゃ。可愛い姿じゃろう? こいつを見てどう思う?」
仁王立ちして愛らしい姿を見せびらかす。先ほどよりも凛々しい感じにしてみた。これなら勇者にも効果があるじゃろう。
「すごく……ギガスレイドスラッシュ!」
「すごくギガスレイドスラッシュってぬわあああああああ!」
体をのけぞらせて剣撃を回避した。あと数秒間に合わなかったら上半身が消し飛んでいただろう。危なかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、おい! 今のは『すごく……かわいいです……』って言う流れじゃったろ!」
「知らん! 今すぐ死ね!」
怖すぎるじゃろこの勇者! 魔族だったらスカウトしてたわ!
「少しくらい我の話を聞かんかあああ!」
堪忍袋の緒が切れた我は声を荒げて訴えた。もう下手に出るのは止めだ。
「……」
「そうじゃ。それで――」
――勇者の剣がまばゆい光に包まれる。これは選ばれた勇者にしか使えない真の必殺技【テラスレイドスラッシュ】である。この剣撃を食らった魔族は例え魔王であろうとも……
「ってなにチャージしとるんじゃ! 次は絶対あたるように極太の剣撃を放つのか!?」
「テラスレ――」
「待て待て待て待て! 20億、いや30億払うから待ってくれ!」
「……」
我の説得を聞き入れ、チャージを止める。同時に向こう二年の我の小遣いも止まった。
「はぁ、はぁ、危うく死にかけたわ。そうじゃ主、我と手を組まんか!? 今ならこの莫大な金と世界の半分をやるぞ!?」
こうなったらもうこやつを引き入れるしかあるまい。御せるか分からないが、金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるのだ。何とかなるじゃろう。
小遣いは無いが、それは我だけの話。こやつを引き入れる為なら経費を使うこともできるじゃろうて。
「世界の半分……足りんな。テラスレイドーー」
これで足りんだと! こやつ、もはや魔王ではないか!
「待て待て待て、ちょっと待て! 分かった! 条件を飲んでくれれば世界の全部をお前にやる。それならいいじゃろう!?」
「条件? それはなんだ?」
「我と結婚しろ! それが条件じゃ! 可愛い我と契りを交わすとはいい条件ではないか!?」
もうダメもとで婚約を言い渡す。さすがに弱いか……
「……」
剣を鞘に納める勇者。世界のすべてが手に入るならば――という意味だろうか? まあ我の面倒くらいは見れる甲斐性はあるらしい。まさかロリコンではないじゃろうな?
「それは了承でいいのじゃな! では早速結婚式をあげようか!」
「おめでとうございます! ヤミリーナ様は年齢も三千歳とお若いですよ!」
「テラスレイドスラッシュ!」
「ぐわあああああああああああ!」
こうして魔王ヤミリーナは勇者アルベスによって倒され、世界は平和になった。
なんとか致命傷で済んだヤミリーナは、なんやかんやあって勇者の家でのんびりと余生を過ごしている。
ハッピーエンド!
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