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僕のじゃない彼女の話

作者: 弥野未

 僕のクラスにはとても可愛くて男子に人気の女子がいる。

 名前は春雨美鳥。

 春雨のことは僕も密かに良いなと思っていて、授業中もついつい目が彼女に釘付けになってしまっている。

 僕の席は春雨の斜め右後ろ。

 蛍光ペンを握る彼女の細い指が揺れると、まるで催眠術にかかったみたいに目が離せなくなる。



『今日もきれいな手だな…………』

 ピンクの蛍光ペンの尻が音を立てずにノートを叩く。

 シャーペンじゃなく蛍光ペンをいじってるときは授業に集中していなくて何か考え事をしてるときだ。

 前もそうしてるときに先生にあてられたけど答えられなくて怒られてたのに。

「じゃあ次は……春雨さん、注意点の部分を読んでください」

「ッ、は……ハイッ」

 ガン、と後ろの机に椅子の背もたれがぶつかって大きな音を立てた。

 振り向いて『ごめん』と謝る顔も可愛い。

 いいな、寺内は春雨の真後ろで。

 前かがみになったらシャンプーの匂いとか嗅げるじゃん。

 プリントもらうときには偶然を装って手に触れるし。

「……はい、ありがとうございました」

「…さっきごめんね」

 座る前にもう一回謝っちゃう春雨、超可愛いな……。



「あっ」

 黄色の蛍光ペンのキャップが飛んだ。

「いいよ、取るよ」

 席を立とうとした春雨を小声で止めたのは僕の前の席の佐野君だ。

 椅子の真下からキャップを拾った佐野は春雨の差し出した両手でつくった皿の上にそれをポンと置いた。

「ありがとう」

 このやり取り、もう何度目だろう。

 …佐野君、良いな君は。

 君はその席にいる限り、そして春雨があの黄色の蛍光ペンを使い続ける限り、君は春雨から何度でも感謝のほほえみを貰うことができるんだから。



 黄緑の蛍光ペンは春雨のお気に入りだ。

 凄く大事なところにラインを引くときだけ使う。

「春雨、蛍光ペン貸して?」

 前の席の花本が振り返った。

 誰にでもフレンドリーな奴だ。

「良いよ、何色にする?」

 春雨は優しいから断らない。可愛い。

「えっと……じゃあコレ」

 花本はペンケースから黄緑の蛍光ペンを取った。

 それは春雨の大事な時用なのに!

「あ、すげー目立つ! コレ良いな」

「だよね? 私も好きなんだ。購買で売ってるんだよ」

「へー、今度買おっかな」

 くそ…花本は良いよな、気軽に春雨と会話が出来て。

 ……購買か。



 青の蛍光ペンはテスト対策。

「出来た?」

「うん、じゃあ交換ね」

 左隣の尾崎さんは春雨の友達。

 お互い英語の教科書にラインを引いて、その上に色の付いたシートを重ねてから交換する。

 色を付けたところが黒く潰れて見えなくなるから、そこに入る言葉をシートの上に白のペンで書いて後で答え合わせするのだ。

「もー、美鳥難しいとこばっか隠してるじゃん」

「そっちこそだよ~、全然わかんない」

「えー、どこ?」

「ほらこことか~…」

 いいな尾崎さん、俺も春雨とイチャイチャしたいよ……。



 春雨のペンケースには蛍光ペンが4本入ってる。

 でも本当は5本持ってる。

 でも授業に使うのは4本だけ。

 残りの1本はオレンジ色。

 若い化学の教師が一度触ったそのペンは、別の透明ケースに入れられて机の奥にしまってある。

 春雨は時々引っ張り出して見て、またそっともとへ戻す。



 春雨美鳥はとても可愛い。

 彼女は今日も蛍光ペンを握っている。


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