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家庭内ホームレス  作者: とららん
第二章 孤立
6/30

孤立 1

「おはよう。遅いお目覚めね」

 

 相変わらず薄着のアキラが、トーストを加えながら軽く手を振った。

 午前十時十五分、昨夜は家族のことや鈴乃のことを考えて、なかなか寝付けなかった。眠気眼のまま何気なくリビングに立った忍は目を疑う光景に呆然としていた。

 テーブルに置かれた四人分のトーストと目玉焼き。そして、ゴミや脱ぎっぱなしの衣類で満たされた床は、茶色いフローリングの姿を見せていた。


「部屋綺麗でしょ。鈴乃が朝から掃除してたみたい。食事も良ければ食べてって言われたからありがたく頂いてるわ」

 

 アキラの話では、鈴乃と入れ替わりでリビングに入ったらしい。アキラに食事を託したあと、当人はさっさと部屋に引き籠もってしまったそうだ。珍しく、まともな朝食にありつけたアキラは上機嫌だが、忍はあまり良い気がしなかった。


「見かけによらず、良く出来た妹さんだわね」

「アイツの見たくれのことは言うなよ。俺だってアレには困惑してるんだ」


 溜息を吐きながら、諦めたと忍は肩を落とした。


「まあ……正直、あれだけ変貌して帰ってくればねぇ……心中察するわ」


 自分に向けて手を合わせるアキラを一瞥し、忍はトーストに齧り付いた。

 考えてみれば、トースト一枚を食すのも久しぶりだ。こんなに簡単なこともしようとしなかった、自分の家事に対する怠惰な性格を見せつけられる。


「忍、悪いんだけど鈴乃からCD借りてきてよ。スリップの初期メンバーのアルバム」

「結構古いな。自分で行けよ」

「だって、昨日の今日で貸し借りってのも気が引けるじゃない」


 家族ごっこの提案をしておいてこれか。と、忍は呆れながらも、一応の礼儀はあるようだと、不覚にもアキラを見直してしまった。

 実際、少し話しをしなければと言う考えは有ったし、口実には丁度良いのかもしれない。


「了解。ついでにプレイヤー持ってくるから、MDに入れとけよ」


 そう言うと、忍はトーストと目玉焼きを口に詰め、リビングを後にした。

 しかし、二階へ上がる足取りは重かった。階段の一段一段上るたびに、誰かが足を掴んでいるのではという錯覚に陥る。用が無い訳じゃない。ちゃんと理由はある。しかし、忍にとって鈴乃が苦手な存在であることは変わりない。

 

 本当に大丈夫なのだろうかという不安と緊張。部屋へ近づくに連れ、それが大きくなる。しかし、ここは『兄』としての最低限の責務と、鈴乃の今までの事情は聞き出しておいても良いのではと言う、ある種の使命感が不安を払拭しつつあった。

 

 部屋の前で、ノックを三回したあと返事を待ってドアノブを引いた。とりあえず、出だしは良しだと、慎重に行動を確認しつつ鈴乃の部屋に入る。


「兄貴か……どうしたの?」

 

 机の上のノートパソコンを開いたまま、岩塩の結晶を囓りながら、ジャージ姿の鈴乃が背中越しに声を掛けた。


「そんなもん囓ってって、舌がおかしくならないのかよ」

「そうでもないよ。そんなにしょっぱくないのもあるし、嫌いじゃない」


 変わった趣味だと思いつつ、忍は用件だけさっさと済ませて帰ろうと、本題を口にした。


「アキラがCDを貸してくれって。あとラジカセも頼む。MDに録音できるやつ」

「MDへ録音? ずいぶん骨董品ね。メモリープレイヤーとかに保存しなくて良いの?」

「アイツ、ポータブルのMDプレイヤーしか持っていないから」

「ふーん。じゃあ、ベッドの横のラックに入れてあるから適当に見繕って」

「スリップの初期のアルバムってあるか?」

「左からリリースされた年代順に並んでるわよ。それにしても、随分古いわね」


 鈴乃は少し不機嫌そうにキーボードを叩いている。一度も顔を向けずにこの淡々とした態度は(しゃく)に障ったが、ここは我慢しようと忍は心の中で両手を上げた。

 

 久しぶりに入ったが、鈴乃の部屋は凄く簡素だ。簡易用の椅子と机に載せられたノートパソコン、介護用のベッド、その隣には小物や本、CDなどが並べられたアルミのラックと自宅用の小型の酸素呼吸器が一つ。その上に無造作に置かれた薬の紙袋は、軽く十袋を越えていた。十代の少女の部屋にはとても思えない。

 ただ一つ、鈴乃が膝の上に載せているパグの縫いぐるみを除いては。


「随分お気に入りだな。そのパグ」

「まあね。中には砂みたいなビーズが入ってて、抱き心地も良いし」

「一昨年くらいから、病院に置いてあったな」

「どうしても寄りかかって寝ないと、うつ伏せになるから。今じゃ相棒みたいなものよ」


 原因は不明だが、胸部や腹部を手術した人間の中には、うつ伏せになって眠ろうとする傾向を持つ人がいるらしい。鈴乃もその内の一人だ。

 しかし、鈴乃はうつ伏せで眠ることを許されない処置が施されており、縫いぐるみに体を支える形で眠るようにしている。


「寝ていて疲れないか?」


 思わず気遣う自分に少し戸惑ったが、自然とその言葉が発せられた。


「もう馴れた」と、パソコンのキーボードを叩きながら、鈴乃が素っ気なく答えた。


「悪いけど出てってくれない? 少し疲れた」


 ラックに立て掛けられたCDと床に置かれたMDラジカセを手に取り、忍は少しだけ躊躇いつつ口を動かす。


「鈴乃、お前、病院で何かあったのか? せめて母さんに連絡を入れた方が」

「兄貴には関係ない。余計なことしないで出て行って、もう、ウザイ!」


 鬱陶しさを振り払うように、鈴乃が突然声を荒げた。


「おいおい、ちょっと待て。俺は喧嘩をしに来た訳じゃ……普通のことだろ?」


 突然の豹変に戸惑いながらも、忍は冷静に説いた。だが・・・・・・。


「もう、ほっといて」と振り返った妹は、冷たく目を細め、見下すような表情で忍の心を突いた。『何も分かっていないくせに……』そう言った感情が察せられる。


「事情が分からなくてかくまって置けるか! 倒れたらどうする」

「自分でやるから良い。兄貴に何ができるの? 母さんと病院に連絡するだけなんて、小学生でもできるじゃない。何かあったら言うから、今は構わないでよ」

「いい加減にしろ!」


 あまりの理不尽に怒りがこみ上げ、忍はラジカセを振り上げ鈴乃を詰め寄ろうとした矢先、その行動は肩に置かれた大きな手により阻まれた。


「もう良い、行こう忍」


 優しく発せられた声は誠司のものだった。誠司は忍からラジカセを取り上げると、ラックから数枚CDを引き出し涼しげに鈴乃へ笑いかけた。


「イムロのアルバムも借りるよ、俺の青春時代だ。あと、あまりお兄ちゃんを虐めるなよ」

「他人が何を言ってんの?」

「まだ言ってなかったか? 俺は昨日から皆のお兄ちゃんだ。だから鈴乃ちゃんも俺の妹ってこと。兄妹喧嘩は御法度だ。じゃあ、そう言うことで」

「はあ?」と、素っ頓狂な声を上げた鈴乃の声を背にし、誠司に首根っこを捕まれた忍は、部屋の外へと引きずり出されてしまった。


「邪魔すんなよ誠司!」


「疲れてるって言ったらほっとけって言っただろ。それに、いつでも聞けることだ」


 不服だと言わんばかりに深い溜め息を吐きながら、忍は額に手を当てた。


「誠司、今も何を優先すべきかお前だって分かってるだろ。親が来たらどうするんだ?」

「あの子はお前に甘えているだけだ。まあ、ああ言う甘え方は、本人に自覚は無いだろうけど」

「アレが甘えかよ。すっげー迷惑だし、ウザイんだけど」

「お前には、まだ分からないか。まあ、アキラみたいに直接的じゃないしな」

 

 苦笑する誠司だったが、忍の心は不平と不満で一杯だった。


「とにかく、構い過ぎると機嫌損ねるから、ウザイとか言われたら逃げろってことだ」

「んなこと、訳わからねーよ」


 忍はわざとらしく口を尖らせ、踵を返した。

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