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家庭内ホームレス  作者: とららん
第一章 家はあるが家庭が無い
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家はあるが家庭が無い 4

―※―


「ただい……ま……」


 帰宅した忍とアキラは、誠司にカップ麺を担がせ玄関のドアを開けた。その時、異様にして不自然な匂いが鼻を燻った。柔らかく香ばしい匂い。それに(うなが)された三人は、リビングまで足を速めると、そこにはもう一人のこの家の主が食事の真っ最中だった。


 テーブルには、汚れた食器や衣類は一切なく、代わりに出来たてのグラタンとパン、そしてサラダが載せられている。床には色々散乱しているが、壁に物を寄せただけとはいえ、台所まで普通の歩幅で行ける道が出来ていた。


「どこへ行ってたの? 後ろのおっさん誰?」


 警戒するように目を細めた鈴乃が、グラタンを一口頬張った。先ほどと変わらず、金髪とラメのマスカラがチラチラと目に触ったが、そんなことはどうでも良い。


「お前……何やってんの」


 間抜けな声で忍は妹に質問した。「夕飯食べてる」と当たり障りのない回答をされるも、忍は次の言葉が見つからず、見慣れぬ我が家の光景に唖然とした。


「作ったのか? このグラタン」


「まあね。それよりも兄貴……」


 鈴乃の視線が忍から外され、後ろにいるアキラと誠司を瞳に映す。


「改めて聞くけど、その人達、誰?」


「ホームレスだよ。家が無いって言うから、時々風呂とか貸してる」


 それを聞いた瞬間、鈴乃が引きつるように息を呑んだ。


「馬鹿じゃないの! なんでホームレスなんて上がらせてるの! 信じらんない!」


 本人達を前にして失礼だが、妹の当然の反応は現状の異常さを忍に再認識するには十分だった。


「とにかく、この二人は兄ちゃんの友達で生命線なんだよ。今日はこっちのおっさんも泊まるから、よろしく頼む」


「全く笑えない。ホームレスと一つ屋根の下なんて冗談じゃない。くさいし、不潔だし、世間からのあぶれ者じゃない。兄貴マジでどうかしてるわ」


「いや、私、ちゃんと毎日お風呂入ってるよ」


「俺も体くらいは拭いているし、いくら何でも偏見だ。それにまだ二十九歳――」


 誠司の言葉は、ゼンマイが切れかけたオルゴールのようにゆっくり静止した。が、代わりに視線は鈴乃の手元へと向けられる。それは忍とアキラも同じだ。口から溢れる唾液を飲み込み、三人はいつの間にかテーブルの近くに立ち、鈴乃の食事を凝視していた。


 さすがに空腹に飢えた獣のオリの中のような空気に圧倒され、鈴乃は思わず口を滑らせた。


「食べる?」


「「食べる」」と、三人は無心のまま声を揃えた。


 全員の食事が整うまで十分ほどだったが、その間、鈴乃は二人のホームレスを警戒しながら見比べ、アキラと誠司はそんな鈴乃の視線にどう反応して良いのか分からず、リビングは長い沈黙に包まれた。

 ここで下手な話題を振り、まともな食事を諦めて良いものだろうかと葛藤しているのは忍も同じだが、どうしても鈴乃に聞かなければならないことがある。ここは兄として、思い切って妹に声を掛けた。


「鈴乃、言いにくいんだけど。お前、どうして病院を出たんだ? 髪とピアスのことはこの際どうでも良いけど、とりあえず、兄ちゃんに少しは教えてくれよ」


 しどろもどろでも、できるだけ柔らかく刺激しないように質問するが、鈴乃は「兄貴には関係ない」の一点張りだ。


「お前……俺はお前の兄ちゃんなんだから、そんな言い方ないだろ」

「ふん。私のこと、妹って思って無いくせに。見え見えなんだよ馬鹿兄貴」

「お前また!」と、思わず怒鳴って席を立つ忍だが、鈴乃も睨みを利かせた。

「もう、疲れたから寝る。その二人のこと、母さんには黙っておくからほっといてよ」


 リビングを抜け、鈴乃が不機嫌そうな足音を立てながら階段を上る。妹の後を追おうと、忍も踵を返したが、素早く延ばされたアキラの腕に道を阻まれた。


「ほっときなよ。今は」

「関係ないだろ! 俺達兄妹の話だ」


 怒りに任せて忍が声を荒げた。が、アキラはそれを宥めるように続ける。


「アタシには、アンタが鈴乃をなじっているだけにしか見えなかったよ」

「当然の質問をしただけだろ?」

「戻って来た直後に質問した時、ほっといてって言われたのに、数時間後にまた説明しろ。ちょっとしつこくない? それとも、今の鈴乃の言葉ってマジなの?」


『妹と思って無いくせに……』確かに、図星を突かれて逆上したというのは事実だ。だが、そんなことを考えている余裕はない。


 何を焦っているのか、何を考えているのか、自分でも理解できない。ただ、昔のように、無知のまま状況に流されて後悔するよりはいくらかマシだと思っていた。


「血の繋がりって、切っても切れないものなんじゃない? 兄妹ならなおさらね。でも、何年もまともに会ってないなら、馴れていないだけかもしれないけど」


 確かに鈴乃が帰宅してから、彼女を意識しているのは事実だ。だが、忍にはアキラの意図が理解できず、首を傾げた。


「鈍いな忍」


 黙々とグラタンをたいらげた誠司が、満足げに爪楊枝を咥えて苦笑した。


「家族ごっこから初めたらどうだ。ってことじゃないか? そうだろ、アキラ」


「ピンポーン。その通り♪」アキラがはしゃぐように両手を上げた。


「今までが擦れ違いだから、お互い接し方が分からないんだよ。そこへアンタが鈴乃の心情を考えずあせったりするから、色々疲れたんじゃない? 病弱なんでしょあの娘」

「それは……そうかもしれないけど……」

「なら決まりだ。俺とアキラも一緒にいてやるから、心置きなく四人で暮らせるぞ」

「やっぱりお前ら居座る気かよ!」

「だって、不安じゃん。今のアンタ達をほっとくの」


 アキラの言葉に、誠司も大げさに頷いてみせる。


 納得はできなかったが、二人きりにされても心許ないのも事実だ。母親はこの様子だと死に物狂いで鈴乃を探しているだろうが、今は鈴乃の好きにさせて、バレたら一緒に謝れば良い。少し楽観的かもしれないが、忍はアキラの提案に乗ることにした。


「よろしく……お願いします……」


 色々不満はあるが、忍は言葉を飲み込む。


「ところで忍」と、誠司が薬が封入されていたプラスチックの入れ物を、神妙な顔で差し出した。十個近いカプセル型の薬の入れ物。中身は無かったが、誠司はその内の一つをすくい上げ、思い詰めた顔を見せた。


「コレは彼女の薬か?」

「アイツ心臓に障害があって強い薬を何個も使ってる。俺達が呑んだら死ぬらしいぞ」


 冗談交じりに話すが、誠司の表情は変わらない。


「もしかして誠司、薬局でもやってたの?」


 アキラが興味津々で、薬入れを眺めた。


「まあ、似たようなもんさ」


 不安げな誠司の顔が少し気になったものの、忍はあえて口にしなかった。

次回より第二章始まります。

今後は新作との別作業と並行しますが、最後まで投稿させて頂きます。

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