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家庭内ホームレス  作者: とららん
第一章 家はあるが家庭が無い
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家はあるが家庭が無い 2

―※―


「おっそーい。何やってたの?」

 

 貴重な食料を両手に抱えて帰宅した忍を待っていたのは、待ちくたびれたアキラの第一声だった。

 リビング中央に置かれたテーブルと四択の椅子。その内の一つに腰掛け、アキラはだらしなくテーブルに顔を載せていた。赤茶色のセミロングの髪が顔を半分隠し、幽霊のように恨めしそうな目で忍を睨み付ける。普段、寝間着代りのショートパンツに、紅いキャミソールで一日を過ごすことが多いが、どう見ても薄すぎる。


「そんな格好で、風邪引いても知らねーぞ」と呆れて声を掛け、忍は調達した食料をテーブルに載せた。

「いいの。体調管理には自信あるし」

 

 そう言いながら、モゾモゾとビニールの袋に手を突っ込み、あんバターのコッペパンとウーロン茶のペットボトルを拾い上げる。

 忍はアキラといると、何故か調子が狂う自分に気づいていた。

 

 神原(かんばら)アキラ。そう名乗った彼女は二ヶ月前に知り合ったホームレスだ。十四歳と言っていたが、外見は大人びているようにも見え、とても忍や妹より年下とは思えない。


「お前、本当に行くとこが無いのか?」

「無い。でなきゃ、何年もホームレスなんてやってないわよ」


 何度も口にした質問だが、アキラはあっけらかんと答え、コッペパンを頬張った。

 知り合いのホームレスに半ば押しつけられる形で、アキラと同居することになり早三ヶ月。傍迷惑な話だが、炊き出し日と場所を教えてくれるという条件を忍は呑んだ。

 しかし、春までの二ヶ月と言う期間が過ぎても、アキラは一向に出て行く様子もなく、最近は妹の部屋にある音楽CDを勝手に聴いたり、テレビのチャンネル争いを吹っ掛けたりと今ではすっかり忍の家に馴染んでいた。


 その内、ホームレス少女に家が乗っ取られるのではと不安も過ぎるが、家主という特権がこちらには付いている。

 

 いざとなれば、強制退去を言い渡すことも可能だと楽観しているのも事実だ。もっとも、ホームレスが集まるような炊き出しに並び、ホームレスと同居している時点で、自分自身も変わり者であると言うことも十分承知している。

 

 だからと言って、彼らと同じであると言うことは無いと自負している。事実、忍には家があり、少ないが仕送りもある。とりあえず、最低限の生活は保障されている。家事ができないだけであって、決して何もできない、何もないという訳ではないのだ。


『俺はお前とは違う』それが自分とアキラを分ける忍の一線だった。


「ねえねえ忍。アンタって、私と同じだよね?」


 突然の問いかけに忍の心臓がドキリと持ち上がった。直前まで考えていたことがことだけに、冷や汗を掻きながら体裁を保つため歪で不機嫌な顔を作って見せる。


「家はあるけど家庭ホームがない(レス)。家庭内ホームレス。なんてね」


 忍の顔を指しながら、アキラが悪戯っぽく笑って見せた。


「余計なお世話だ!」

「ありゃりゃ、マジで怒らせちゃったか」


 失敗した。と言った感じで、アキラが頭を小突きながら「ゴメン」っと拝むように手を合わせた。

 忍の図星だった。忍の妹は生まれつき体が悪く、現在は赤ん坊の頃から世話になっている、小児科の病院で入院中だ。

 治療費自体は国の保険や、何らかの制度で(まかな)えるため、自己負担という意味では、大した金額にはならなかった。だが、母は妹の面倒を見るという名目で病院近くのアパートを借り、家へは帰らず、父は鈴乃に合ったよりよい治療法を探すことと、家族の安定した生活のために、海外での仕事に明け暮れている。

 

 忍は家を守ると言う任を背負わされたが、それは大人の都合による口実と誤魔化しだった。

 最初は両親が自分を認めてくれたと思い込み、誇らしくさえ思えた。だが結局は『娘のため』という大義名分を盾に、両親は己の都合のために、無意識の内に自分を切り捨てたのだ。

 少なくとも、父は現実から逃げたとしか思えなかった。でなければこんな状況の中、海外で仕事という選択を受け入れるはずもない。


 忍は袋の中から唐揚げ弁当の封を乱暴に開き、無言で口の中へかきこんだ。味など感じなかったが、二日ぶりのまともな食事で、腹の中が満たされる充足感は確かにあった。


「そう言えばさ、忍の家って何だかんだで広いよね。この分ならあと二、三人くらい住めそうじゃない」

「一応、四人暮らしだしな」


 4LDKの一階、小さなダイニングとシャワールームが用意された二階には、妹の部屋と両親の寝室がある。アキラには一階の客室を使うように伝えたが、いつの間にか忍の部屋の二階建てベッドの上を占拠し(ねぐら)としていた。


「お前も年頃なんだから、少しは恥じらいって言葉を知っても良いんじゃないか?」

「何それ? あ、もしかして……」


 小悪魔らしい笑みを浮かべ、アキラが顔を近づけた。

 単に部屋から追い出したかっただけのはずだったが、違う意味で受け取ったらしい。


「大丈夫、そう言うの気にしないし。男の子の夜の秘め事くらいそっぽ向いてあげるから。むしろ健康な証拠じゃない。アタシって大人な理解者だな、うんうん」


 わざとらしく腕を組み、アキラは見当違いの自己完結に収束させているようだ。

 本気なのか、ふざけているのか、そんな彼女とは違い、忍の心情は暗く複雑だった。


「そう言う意味じゃなくて、あのベッドの上は昔し妹が使っていたものだから、できれば寝て欲しくない。上に気配があると、妹が帰って来ているみたいで――」

(怖い……)と、続けることができなかった。


「妹? 二階のCDがいっぱいある部屋の? ちらっと写真見たけど、清楚で純情そうな娘だったわね。黒髪で、細くて、メガネとかかけて真面目そうで。アタシみたいなやさぐれ者とは大違い」

「俺から言わせれば、クソッタレな人生のお荷物だけどな」

 

 そう吐き捨てたが、アキラが驚いて目を丸くしたのを見て失言だったと理解した。

 アキラは忍の様子にわざとらしく肩を竦ませて見せた。お互いの発言で場の雰囲気が暗くなった時、インターホンのチャイムが鳴った。

 助け船として、その場の空気を切り替えるには良い切っ掛けだ。忍は玄関へ向かい、素っ気ない定例の挨拶でドアを開いた。


「はい。どちらさ、ま……」


 そこには、一人の少女がいた。ウエーヴが掛かったショートの金髪、ラメが光るツケマツゲに、アイシャドウが塗られた瞳は少し釣り目気味だ。どこの高校の制服か知らないが、胸もとギリギリまで開いたブラウスの上に、ベージュ色のブレザー、太股が見えるくらいに捲られたスカート、そこから伸びた細い足は、この時期には寒すぎるのではと問い質してしまいそうになる。

 右耳にはピアスを嵌めているのか、時々光に反射して煌めく。


「ただいま」

 

 少女が直視しているのは明らかに忍だ。だが、忍には目の前の彼女が誰なのか、全く持って思い当たる節は無い。


「なにぼーっとしてんの? 兄貴」


 兄貴という言葉に「まさか」と、一瞬嫌な予感が悪寒となって全身を駆け巡った。


「鈴乃だよ。重いからコレ、持ってきて」


 間髪入れずに差し出された物は、キャリーカートに載せられた手提げバッグと、長さ六十センチほどの外出用酸素ボンベだ。

 普通の女子学生がこんな物を持ち歩いているはずがない。予感は的中してしまったのだと、忍は手のひらを額に当てた。

 言われるままキャリーを受け取ると、鈴乃はズカズカと家へ入り、そのままリビングのドアを開いた。「待て!」とか声を掛けようとした時には既に遅かった。


「ちょっ、あ、兄貴!」


 大体予想はついているが、忍は腹を括ってキャリーを引きながら部屋を覗き込んだ。


「コレどういうこと!」


 ゴミだらけの室内のことも含めてなのだろう。だが、鈴乃の人差し指の先には事情が掴めずにいるアキラが、コーヒー牛乳に刺したストローを咥えたまま硬直していた。


「まさか、私や母さんが居ない間に女の子連れ込んで……不潔! 見損なったわ!」


 忍へ預けたばかりのキャリーを強引に奪い取ると、鈴乃は踵を返した。


「どこへ行くんだ。待て」


 引き留める兄を後目(しりめ)に、鈴乃が捲し立てるように声を上げた。


「どこだって良いでしょ! 兄貴には関係ない。付いてこないで変態!」


 年頃とは言え、実の兄が露出度の高い格好の少女と家にいたとなれば、この反応は当然なのかもしれない。だが、忍は問わねばならないことが幾つもあった。

(お前、どうやって、どうしてここに―)と言いかけたその時、今度は甲高く電話のベルが鳴り響いた。

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