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家庭内ホームレス  作者: とららん
第五章 当たり前のわがまま
22/30

当たり前のわがまま 2

―※―

 

 面談室の中は、既に紛糾していた。長机を間に挟み、出入り口側に二人の医師、部屋の奥側には忍の両親が座り、その後ろで中村が腕を組んでその様子を覗っていた。


「なんで、そんなふざけたことが言えるの!」


 和子が声を荒げ、目の前の若い白衣の医師を怒鳴りつけた。


「確かに、時間稼ぎかもしれない。しかし、このままではジリ貧は避けられない。それなら、少しでも助かる可能性があるなら試す価値はあるはずだ」


 聞き覚えのある声に、忍もアキラも耳と目を疑った。誠司だ。その隣には見知らぬ初老の白衣の男が座っている。その男が誠司の連れてきた医師だと言うことは分かる。しかし、何故誠司まで白衣姿で、しかも和子と相対しているのか全く状況が掴めなかった。


「来たか、忍、アキラ。遅かったな。少し相談がある」

「やめて! 忍まで巻き込むつもりなの? 鈴乃から聞いたけど、あなた、ホームレスだって言うじゃない。何を偉そうに」


 道端に溜まったゴミを見るような目で、和子は言葉を吐き捨てた。


「母さん言い過ぎだ。落ち着きなさい」


 和子の肩を抱き、稔が強張った表情のまま誠司を一瞥する。

 それからは少しだけ間があった。現状は把握しきれないが、何かしらの案が提示され、和子が拒否していると言うことは分かる。鈴乃を溺愛する和子のことだ、否応なしに食らいつくはず。だが、それは無かった。

 どうしてだ。という疑問が浮かぶ中、忍はある違和感に気づいた。


「あの、どうしたんだ? みんな」


 大人達の視線が自分へ向けられていると気づくのに少し時間を要した。


「体外設置方補助人工心臓(VAS)の装着と生体腎肝同時移植だ。弱っている心臓を外部の機器とつなぎ、鈴乃の石化した腎機能と肝機能を移植で蘇らせる」


 真っ直ぐ向けられた誠司の視線に、忍は息を呑むことしかできなかった。


「しかし、前回からの手術から間もなく、リスクも大きい。だが、元は心臓の機能障害が原因である以上、最終的には心肺の移植が必要にはなるが、その間はVASを使い()()()にする。本当は心肺腎肝の同時移植が理想だがそれは用意できない。臓器を待つにしても、レシピエント登録の順番や、移植後の生存率が比較的高い人間に回されてしまうだろう」


 補助人工心臓という言葉に、忍は口を結んだ。また、機械で鈴乃を縛り付けるのかと。そして、誠司もまた、中村の同類だったのだと失望した。


「何を言ってるのか分かっているのか? お前までアイツの体をいじくり回して――」

「一昔前は厚生労働省の許可が遅れデバイスラグがあったが、今では子供への使用も許可された状況だ」

「そう言う問題じゃ無い!」


 怒気を孕んだ口調で、忍は誠司を睨んだ。だが、忍としても打つ手が無いのは事実だ。不満と言うよりも、言葉で現すことの出来ない憤りを押さえる。


「百歩譲って、移植は良いけど、ドナーはどうするんだ?」


 忍の素朴な疑問に皆が顔を見合わせた後、誠司が抑揚の無い声でその問いに答えた。


「お前の腎臓の一つと、肝臓の半分を鈴乃へ移植する。それで心肺が手に入るまでの時間を稼ぐ。これは完治のための手術ではないと言うことを理解して欲しい」


 マネキンというより、精巧な機械人形と言った方が良いだろうか、迷いも感情も無い誠司の言葉は、忍をさらに動揺させるには十分だった。


「何だよそれ、ちょっと待てよ。俺から臓器を抜き取って、鈴乃を助けるって言うのか?」

「そうだ。執刀は俺と、俺の父、近衛清一郎(このえせいいちろう)が勤める」

「誠司、アンタ医者だったの?」


 驚いたアキラが誠司に詰め寄るも、誠司は視線も顔色を変えず、動揺する忍の表情のみを見つめていた。


「これは、時間稼ぎと言われても反論ができない手術だ。もしかしたら、鈴乃は手術に絶えきれないかもしれない。それにVASを装着するため、今の状況では腹水を抜く影響で内臓への負担がかかり、死亡する可能性も高い」

「これは、人体実験では?」


 今まで口を詰むんでいた中村が、眼鏡の底の瞳から冷たく、刃物を思わせる鋭い視線で誠司を睨み付けた。


「確かに、このままではジリ貧ということは認めます。しかし、ハッキリ言ってこの手術は無意味に等しい。機器の装着が成功し、心臓の機能が回復しない限り、例え腹水を一時的に排出しても、いずれ臓器は石化(この場合機能が働かないこと)してしまうでしょう」

「そのためのVASとは言いたいが、確かに最終的には心臓は必要だ。なので、昔なじみの移植コーディネーターに、心臓と肺の提供を頼んでみた。レシピエント登録は彼を通して既にしてある。それでもいつになるかは運試しになるがな。本当は今回で心肺腎肝同時移植をしたいところだが、仕方あるまい」


 誠司の隣に座るひげ面の医師、清一郎が中村へ答えた。


「なるほど、さすがは近衛清一郎医師ですね、海外からもリクエストされる一流の心臓外科医だけあって、広く顔も利くようだ。まさかそこまで進めているとは予想外でしたよ。しかも、ご両親の許可無く。でも、私は主治医として、反対させていただきます。あの子と忍くんにこんな無謀な手術をさせられるわけがない」


 中村には、本気で忍と鈴乃を想う気持ちと、医師としての誇りがあった。

 薬による調整と安定、確かにそれも手だと言うことを十分承知している。忍自身も、素人なりに手術は難しいと考えを巡らせていた。


「忍、お前はどうなんだ?」


 投げかけられた誠司の言葉は、あまりにも酷なものだった。嫌だ。そう言うのは簡単だ。だから、あえて、こう答えることにした。


「鈴乃に聞いてみてから・・・考える」


 その場にいた大人達が各々首を振り、俯き、深い溜め息を吐いた。忍が口にした答えは、鈴乃に任せるというものではない。鈴乃に話したあと、忍が手術を拒否する可能性があると言うものだ。手術をすると約束するものでは無い。ただ、忍はそれを分かっていながら、時間が欲しかった。だが……。


「手術しないわよね? ムリしなくて良いのよ。本当は移植には賛成なんでしょ? だってお兄ちゃんなんだもの。鈴乃だって手術なんてしないわ。そんな寿命を縮めるなんてこと、死ぬなら、手術の間じゃなくて、静かに眠るように逝かせてあげたいもの」


 暫しの沈黙を破ったのは、和子の本心だった。忍への見当違いの気遣いと、鈴乃を静かに逝かせるという願いは本物だ。また、それもごく普通の親の願いなのかもしれない。

 結局、場の空気に絶えかねた忍は、逃げるように面談室から飛び出した。それしか、今の忍には許されなかった。何をどうしたら良いのかなど考えられない。

 一度、鈴乃の様子を覗おうと、病室へ行こうとするが、気重のためか足取りがおぼつかない。手術。忍には縁のない聞き慣れた言葉が、目の前に直面していた。

『恐がらずに手術しろよ』『手術すれば助かる』『大丈夫、自分を信じて頑張れ』『やるだけやってみたらどうだ?』よくドラマや本などで見る、前向きに無神経で無責任な第三者の台詞が、やたらと思い起こされた。


(恐い)


 大なり小なり、リスクを背負う行為であることは理解している。正直、自分に対する手術は大したものではないのかもしれない。だが、それが分かっていても恐い。

 家族の代償と絆。昨夜のアキラとの会話を思い出す。だがこれ以上、自分は何を払えと言うのか。手術への恐怖、手術後の不安、最後の最後に残った自分の体という財産。そこまでつぎ込むだけの価値が本当に妹にあるのか?

 絶望が心に住み着く。心臓の鼓動がやたらと激しい。それでも、鈴乃の病室の前に立った忍は呼吸を整えドアノブに手を添える。 


「鈴乃、話を聞いてきたんだけど――」


 視線をベッドへ映した瞬間、息を呑んだ。

 血に濡れた点滴の針、無造作に引き剥がされた心電図のケーブル、酸素を送るマスクが床に落ち、コオっと乾いた音を起てている。

 ベッドに、鈴乃の姿が無かった。


―※―


「とにかく、思い当たるところをしらみつぶしに探してください!」

 

 焦る中村は、ナースステーションの内線電話を離すことなく、鈴乃を知る医師や看護師に彼女の捜索を依頼していた。

 アキラは鈴乃の失踪直後、間髪入れずに病院を飛び出した。おそらく、今は闇雲に街を走り回っているだろう。

 誠司と清一郎は、念のため手術の準備を整えると言い院内の何処かへと姿を消した。

 忍の両親は病室へ籠もり、声を出して泣きじゃくる和子の手を稔が握りしめ、落ち着かせて慰めようと、拙い言葉をつむいでいる。

 鈴乃を探しに行くと言う名目で、忍は街に出てはいるが探しているフリだけだ。


 住宅街、商店街、人が行き交う場所を宛ても無く彷徨う。

 結局、忍には両親に言葉をかけることも、鈴乃のドナーになると即答することも、何もできなかった。

 だが、そんな無力な面とは裏腹に、一歩ごとに思考が自分の意思とは無関係にフル回転し、数々の(おも)いを巡らせている。

 自分の体と妹の命を天秤に掛ける。そんなことが、今の自分にできるはずがない。

 誰にも語ることができず、誰にも語られることもない今の忍の混沌とした心情は、言葉では言い表せないモノだった。


(どうして、俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ)


 鈴乃に助かって欲しいのか、それとも死んで欲しいのかと言う考え。だが、既にそんな状況では無くなった。

 鈴乃が見つかったとして、それからどうするのか?

 忍にはその先のことが想像できない。今まで考えたことなど無かった。自分が鈴乃の命を救う。

 何かの夢や冗談かとも思える。


(馬鹿な!)


 自分の体を刻んでまで、そこまでする義務はあるのか? それだけの価値が鈴乃にあるのか? 術後、今のように暮らせるのか?

 ハイリスクの上に、今の自分へのリターンは皆無と言っても良い。


「は・・・はは・・・・・・」


 何故か渇いた笑いが溢れる。自然と足が速く動く、息が詰まる。ときどき胃液が逆流する。

 自らに課せられた選択に怯え、思考のループによる停滞以外為す術が無い。そのことに、体が意識とは無関係に過剰反応しているようだ。


(怖い)


 滅茶苦茶に叫び、無我夢中で走りたい衝動を抑える。


(なんで俺だけこんな目に遭うんだ。どうして、どうして)


 体が止まりたくない。と言う焦りがあったのか、既に視界には何も入らなかった。

 道行く人にぶつかりながらも、忍は足を止めなかった。止まってしまったら、脳裏に描いた見たくもない何かが、鮮明に映し出されてしまうような気がしてならない。

 ぶつかった人達は自分を睨んだり、声をかけるが、見えない、聞こえない。だが・・・・・・。


「おうっと、危ねえ」


 背が高く、筋肉質で確りした体つきの男に正面からぶつかり、忍は勢い余って尻餅をついてしまった。


「大丈夫か兄ちゃん」

「あ、いや、済みません。ちょっと考え事してて・・・・・・」


 差し出された手を思わず握り、忍はそこで男の顔を見上げた。


「てん・・・ちょう?」

「よう。なんだ忍か。ずいぶんと久しぶりだな。最近来ないから心配したぞ。バイトでも始めたのか?」


 スキンヘッドとサングラスに不釣り合いな可愛らしいコンビニのエプロンをした店長が、懐かしげに口元から笑みを浮かべた。

何とか新しいPCにも馴れてきました。

少し早いですが、改めてテストを兼ね投稿させていただきました。

相変わらずの不定期ですみません・・・・・・。

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